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【資料w】 『ニホンゴ、難しいニダ(ホルホル!)』 by ハシシタ ~似非維新列伝~ 【日本語でおk】

2012年11月25日 08:21

蛆虫朝鮮尖兵ハシシタがトバしまくってるんですが、誰か止めてヤレよw。



コレさぁ‥w

× ‥実効支配を積み重ねたときにそれを阻止できなかった

‥実効支配を積み重ねさせぬ為の憲法改定及び正規国防軍創設等の“内政外交努力”を怠り放置し続けてきた


‥とすれば少しはマシに見えただろうに、本当にコイツ司法資格持つ弁護士出身かぁってアレか、弁護士と言ってもサラk

ヲレの適当出鱈目駄Blogぢゃ無ぇんだからよぉw、国政の話で他党批判ネタなんだろ?もう少し真面目にヤレってんだよw、馬鹿ッターで馬鹿晒す暇があったら最低下記の項目ぐれぇウィキしろやw。

蛆虫南朝鮮による国際犯罪・李承晩ライン“事件”勃発日
1952年(昭和27年)1月18日
※桑港条約発効前に行われた卑劣極まり無い行為
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E6%89%BF%E6%99%A9%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3#.E8.83.8C.E6.99.AF


日本国警察予備隊創設日
1950年(昭和25年)8月10日
※但し文字通りの“警察機能予備的補強部隊”に過ぎず、創設背景には朝鮮戦争勃発による米帝駐留部隊の補完を求めるGHQ側の強い思惑があったが、海上及び航空の防御能力は無かった(後の陸上自衛隊へ改編される)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AD%A6%E5%AF%9F%E4%BA%88%E5%82%99%E9%9A%8A


日本国自衛隊創設日
1954年(昭和29年)7月1日
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E8%A1%9B%E9%9A%8A#.E6.AD.B4.E5.8F.B2



蛇足w:

自滅党創設日
1955年(昭和30年)11月15日
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E6%B0%91%E5%85%9A


吉田内閣
1946年5月22日(第一次吉田内閣)~1954年12月10日(第五次吉田内閣)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E8%8C%82#.E5.86.85.E9.96.A3.E7.B7.8F.E7.90.86.E5.A4.A7.E8.87.A3.E5.B0.B1.E4.BB.BB


自由党(通称・吉田自由党)
1950年(昭和25年)~1955年(昭和30年)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E7%94%B1%E5%85%9A_%28%E6%97%A5%E6%9C%AC_1950-1955%29



まぁ馬鹿ッターを良く読めばハシシタの言いたい事はあくまで李承晩ラインを引かれた事に対する指弾では無く、“その後”の自滅党の対応に対する批判と連立wしているハシシタの裏本家・葬家党と真逆の事言ってクッソワロタwと言いたいんだろうが、本当言葉って面倒だよなぁ、“しなかった”と批判するか“できなかった”と批判するか、只それだけで受け取り様が真逆になる名文ありがとうハシシタw‥って辺りでよ、斯様な屁理屈並べようがおめぇが垂れ流した蛆虫南朝鮮による日本国家主権侵害の事件性無視の‥。

竹島共同管理と言う名の売国宣言を正当化する理由にはならんからw

‥その辺ヨロロwって辺りで昨今ババァまで選挙パンダにする等、もはや似非維新どころか第二民主党を飛び越えて朝鮮民主党の様相を呈するダッチロールぶりだが、自滅党批判をする前に成すべき事があるんぢゃ無いかねw?‥って辺りで連休最終日最初の駄Blog終わり、今日もダブルトリプル行くかも知れんから時々見に来てねw。





オマケ:シャブP復活キタ━(゚∀゚)━ !!!!!

「心の底から感謝」
女優復帰会見の酒井法子さん一問一答


 覚せい剤取締法違反罪で有罪判決を受けた酒井法子さんが24日、芸能活動復帰に向けた記者会見を行った。酒井さんの一問一答は次の通り。
 -今の心境は。
 この3年間は長くつらいものでしたが、いろんな人々に支えてもらいました。こういう日を迎えられたことに、心の底から感謝しています。
 -覚せい剤を本当にやめることができたのか。
 そういうものを絶つことに苦しんだことはない。きっぱり絶ち切ることができました。まっすぐ前を見て生きていくことしか考えていないので、心配しないで、信じてほしい。
 -女優への復帰を決めた理由は。
 生きるすべを見つけることに必死で、介護を学んできましたが、その中で表現者としての役割の素晴らしさを改めて感じ、もう一度、自分自身が表現する側に立ちたいという気持ちが大きくなりました。
 -復帰することに葛藤はなかったのか。
 「私がやっていいものか」との気持ちもあったが、周りの皆さんが背中を押してくれた。迷惑をお掛けしたことは、私が生きていく上でつぐなわなければならないと思います。
 -裁判では「無職」と答えていたが、今の職業は。
 女優業をさせていただいています。本当に好きなお仕事なので、させていただけるのであれば、一生懸命させていただきたいです。
 -(覚せい剤を勧めた)元夫に対する思いは。
 (覚せい剤を使ったことは)自分の選択、過ちだと思っていますので、彼を責めるつもりはありません。


ど~せババァ擁立するならコイツの方が安く済むぜ、北の同胞wにおねだりして“白いウサギw”を餌に与えるだけで死ぬまで働くだろうからなぁw‥

な、ハシシタw
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