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【資料】 民主主義の幻想此処に在り‥か? ~教育利権列伝~

2012年11月12日 18:38

目白の“お嬢様w”にしては珍しくまともな事を言い出したとヲレ始め電柱組メンバー大関心だったのだが、ソコは政治主導の嘘八百民主党政権なのでアッサリ撤回謝罪ワロタwと言うネタ自体は本当にど~でもイイ話でしか無いのだが、これらの記事が示す事については看過出来ないのでアーカイブしておく。




田中真紀子大学不認可騒動をメディア論的にまとめてみる(前編)

田中真紀子文部科学大臣が秋田公立美術大学、札幌保健医療大学、岡崎女子大の三大学の設置を不認可した騒動。結局、田中大臣としてはこれを認可する方向で決着を見たのだけれど、この騒動(あまりに茶番なので、あえて”事件”とは呼ばないことにする)、いったい何だっただろうか?今回は事が収まったこの時点で、これをメディア論的視点から整理してみたい。

まずはおさらい。
2日、田中大臣が申請していた三大学の新設を突如、認めないと表明
6日、新基準に照らし合わせて再検討すると発言を変更
7日、不認可を撤回
8日、三大学の新設を認可。ただし、大学の問題を認知させるためにはよい宣伝になったといった文脈で釈明し、今回の騒動には「誤解」が生じたが、大学が置かれている問題の判断については誤りはなかったといった文脈で押し通した。

要するに田中真紀子は立場を二転三転させたわけだが、でもなぜなんだろう?僕は田中真紀子は、立場を二転三転させたように見えて、実は首尾一貫していると見ている。ただし「悪い意味で」。

田中真紀子は大学を改革したかった、でも無知だった

田中は大学が現在置かれている現状について苦々しく思っていた。私学の半分が定員割れ、学力も全般的に低下している。本人が指摘するように大学数の肥大と教育の質の低下を問題視していたのだ。一方、自らの立場についても窮状にあった。かつての名声が地に落ち、盤石と思われていた議員の地位も危うい状況に落ち込まれたからだ。そんなときに文部科学大臣への就任。ここは起死回生の一打を打ち込むチャンス。そこで、この大学問題にメスを入れ、これを社会問題とすることで自らの場所を確保しようとしたのだが……。

まあ、本人の保身の問題はとりあえず脇に置いておこう。大学の設置基準に問題があることは確かだから、これ自体を田中真紀子が改革しようとする姿勢自体は、しごく「あたりまえ」だ。しかし、問題があった。それは、田中がこの分野について「ほとんど無知」であったことだ。そして、それが波紋を呼ぶことになる。

91年の大学設置基準緩和により、新設は以前に比べれば容易になり、その結果、大学数は1.5倍に膨れあがった。それによって30%台だった大学進学率は5割を突破し、今や6割に達しようとしている。だが、それは必然的に供給過多という状態を産む。その結果、前述したように定員割れの大学が続出し、学生を確保しようと、入試とも思えぬような入試制度(AO入試のような)で高校生が進学。大学生の学力は大幅に低下した。こんな状態だから、大学という組織は、国家レベルで設定し直すことに早急に取り組まなければならない課題となっている。

そこで田中真紀子は考えた。

「だったら、今から新設大学を認可しなければいい」

で、当該の三校を不認可にした。ただし、これは二つの点で問題があった。そして、この問題点はいずれも田中真紀子の「無知」から発生したものだった。

認可のしきたりを知らず、大臣の地位を振り回した

一つは、田中が認可の「しきたり」を全く知らなかったことだ。文科省の大学設置基準は改正後、緩くなったとはいえ、それでもかなり大変。設置(とりわけ新設)する場合には、こまごまとした手続きをクリアし続けなければならない(やたらとチェックが入る)。これをやって、設置する側が文科省に「本気」であることを示し続ける必要がある。ちなみに「認可されてもいないのに校舎の建設を前倒しでやるなんてのはどうかしている」というマヌケな指摘もあったが、実はこうやらなければならない(つまり「本気を見せなければならない」)事情というものがあるのだ(ちなみに、この「事情」は認可したら翌年から開校という妙ちくりんな状態が一般的になっているから発生することでもある)。

もちろん、文科省は「校舎を建てておけなければ認可しない」とは言っていない。むしろ、前倒しで校舎を建設し始めるころには、文科省と設置する学校法人の間には、事実上の「認可」=内定が出ている状態で、文部科学大臣はこれにメクラ版を押すというのがしきたりだったのだ。ということは、大学を設置する側とすれば文科省のお役人の仰せの通りにすれば認可は下りる。そしてその通りにしてきたから、もはや安泰と考えていたのだ。そして、おそらく文科省の役人もそのつもりだった。

そこにド素人の田中真紀子の登場である。「大学を改革せねば」「票を回復せねば」という思いが、なぜか、こうやってお膳立てが全て済まされた学校法人を狙い撃ちにしたのである。もちろん、最終の決定権は大臣にあるわけで「理屈」としては間違ってはいない。しかし、これはどうみても「道理」が通っていない。それは要するに田中が全く「空気を読めない」、いや「無知」だからに他ならない(もし、やるんなら「今年を最後に認可の基準を改正する」とやるべきなのだ)。

三大学と大学の質の間に因果関係を見ることはできない!

もう一つは田中が「掘る穴を間違えている」ことだ。大学の教育の質の低下を田中は問題視しているが、この問題と認可を取り消した三大学の因果関係は全くといってよいほどない。なぜって、この三大学は開校していないのだから質的に良いか悪いかは全く未知数だからだ(秋田公立美術大学などは、数少ない公立の美術大学となるわけで、完全なニッチな分野。人気を獲得し、質の高い受験生が集まる可能性は高いだろう)。掘る穴、つまり問題視すべきところは、既存の体たらくな状況にある大学であるはずだ。

ということは田中真紀子が刃を向く対象はこちら。だから、こちらにしても「私が文部科学大臣になったからには、これから大学教育の基準を見直し、あるいは既存の大学教育を精査し、大学を整理して、その質の向上をあげていく」とすべき。つまり、既存の「体たらく大学」に宣戦布告すべきなのだ。

ところが、このことも無知ゆえに、全く気がついていなかった。その後、「不認可」を「再検討」、そして「認可」と発言を変更していったのは、騒動を起こした後、文科省の役人たちが田中に大学の事情を説明し、たしなめたからであるのは、素人目にも察せられる。ただし、そのまんま「すんません、知りませんでした」では、事はエラいことになる。任命権者の任命責任が問われるし(つまりこちらの方面のド素人を採用してしまったとは何事だ!)、第一それじゃあ田中真紀子が自分の無知を認めたことになる。

そこで田中は本来のねらいである「大学が現在問題であることを指摘しようとした」と釈明し、問題の判断に誤りがなかったこと、そして今回の騒動で大学のことを問題視するにはよい宣伝になったとの発言をし、開き直ったのだ。

そう、田中は美しかった(票が欲しければ「醜かった」)。大学をよくしようとしたのだ。でも、残念ながら無知だった。だから、騒動が起きた。

この騒動の原因は田中真紀子個人に収斂しない!

しかし、この騒動が勃発した理由。僕は必ずしも田中真紀子だけにその原因を押しつけるつもりはない。というのも、そもそも分相応でないポストを民主党が与えたからこそ、こうなったのだから。でも、民主党としては田中をここに任命する必要を感じていたからそうしたのだけれど。

そして、この田中を大臣に任命する構造こそ、実はきわめてメディア的な問題といえるのだ。言い換えれば、メディア的にも田中は大臣に据えられなければならないというポジションにいる。それが、こういった騒動を勃発させるのだ。つまり、メディアにも責任がある。いや、大いに、ある!では、それは何か?(続く)



田中真紀子の終焉~田中真紀子大学不認可騒動をメディア論的にまとめてみる(後編)

田中真紀子文部科学大臣を巡る大学不認可騒動について、前編では、この原因がそもそも田中自身の大学教育についての無知に端を発することを指摘しておいた。どんどん質を低下させている大学教育に歯止めをかけるというアドバルーンを上げたまではよいのだが、肝腎の中身、つまり大学問題についての知識と方法論を田中は持ち合わせていなかった。要するに文部科学大臣として組織を改革するような力量がないことが田中の「不幸」だった。

だったら、最初から「無知・無能」の田中真紀子などと言う人物を起用すること自体が間違っているのだが、ところが田中は政治の大舞台に何度となく起用され、その都度「騒動」を引き起こすことになった。こういった「不幸」も田中は持ち合わせていた。なぜか?それは「田中真紀子」という存在がきわめてメディア性に満ちた存在だからだ。

メディアの基本的な行動原理は「カネ儲け」

メディア(この場合、メディアとは「マスメディア」を指す)の行動原理の基本は、あたりまえと言えばあたりまえだが「ビジネス」にある。残念ながら、そこにジャーナリズム魂とか、公共性などは、もはやほとんど期待出来ない。はっきり言ってしまえばカネがすべて。具体的にはテレビなら視聴率、新聞・雑誌なら発行部数に関心のプライオリティがある。そして、こういった原則に基づけば、ネタは大衆の関心を惹起するものであればなんでもよいということになる。そして、その「関心を惹きつける要素」=メディア性を多分に備えているの存在こそが田中真紀子なのだ。

田中角栄の娘であるというメディア性

先ず、田中真紀子の出自のメディア性。もちろん、それは週刊朝日が橋下徹について記述した類いの出自ではない。ここで言いたい「出自」とは、要するに田中真紀子が田中角栄の娘であると言うことだ。ご存知のように田中角栄は昭和を代表する首相の一人。高等教育を受けずに首相にまで上り詰めたことから「今太閤」ともてはやされ、持論の日本列島改造論で日本国内に建設ラッシュをもたらし、日中国交正常化を実現したことで知られる。また、パフォーマンスの卓越さでも知られ、ダミダミ声を早口でまくし立てるその姿は80年代までモノマネ芸人の定番ですらあったほど。ロッキード事件で失脚するものの、その後もフィクサーとして活躍した。それほどまでに強烈な存在だった。

田中真紀子はその娘ゆえ、メディアとしては実に扱いやすい存在なのだ。大衆が真紀子に角栄の影を見るからだ。だから真紀子に角栄並の活躍を期待しようとする。そこにメディアはつけいる。ちなみに、この時、真紀子が角栄同様、ダミダミ声で早口であるところは二人を重ね合わせる点できわめてメディア性が高い。だから、国会議員となる前から真紀子はセレブとしてメディアの注目の的となっていた。

角栄ばりのパフォーマンス能力

田中真紀子は、メディアが真紀子の存在を田中角栄とオーバーラップするのを容易にする能力も備えていた。それは角栄と同様の卓越したパフォーマンス性を備えていたことだ。ものおじせず、気っ風のよい発言、優れたコピー能力、コミカルな喋りなどがそれ。真紀子の名言はかなり多い。「凡人、軍人、変人」「伏魔殿」「パックン首相」などがそれで、「凡人、軍人、変人」(自民党総裁選に立候補した小渕恵三、梶山静六、小泉純一郎をそれぞれ表現したことば)は98年の流行語大賞に選ばれたほど。毎回おもしろおかしい、地雷を踏みそうな発言というスキャンダラスさは、あぶなっかしいが、おもしろい。こうなると視聴率や発行部数を伸ばすには格好のネタだ。だからメディアは常に田中真紀子という存在を追いかけ続けた。そして、それが田中の人気の原因だった。田中は一時、次に「首相にしたい人物第一位」となったことさえあったほどだったのだ。

ただし、ここで問題が生じる。それは前編で示してきたように田中真紀子は政治の実務という点ではほとんど無知・無能であったということだ。父・角栄のような「大胆、傲慢なようでいて実は繊細。バツグンの気配り」という能力は一切ない。角栄は「コンピューターつきブルドーザー」と呼ばれたが、真紀子はいわば暴走する「ただのブルドーザー」。そう、真紀子は角栄の再臨ではなく、角栄のただの「お嬢様」だったのだ。譲り受けたのはパフォーマンス能力だけ。もちろん、これは政治家としては必須=必要条件だが、それだけでは政治手腕は成り立たないことはいうまでもない。

しかしメディアはとにかくメディア性さえあればビジネスに直結するので、そんなことはどうでもいい。その結果、田中真紀子は二十年にわたり(母親の代わりにファーストレディとして世界各地に父角栄に随行した時に遡れば四十年近く)、政治の舞台で舞い続けたのだ。

角栄の記憶が忘れ去られると……

だが、現在、田中角栄のマネをするモノマネタレントはいなくなった。これは、要するに田中角栄という人物が歴史の中に消え去ろうとしていることを意味する。ということは、田中真紀子の背後に角栄の影を見る大衆の数もどんどんと減っていくといことも意味する。それはとどのつまり、角栄の神通力が失われているということでもある。

こうなると今度は真紀子の能力が剥き出しになってくる。つまり「パフォーマンス能力だけのトラブルメーカー」。そのはじまりは小泉純一郎が真紀子の人気+角栄の影を利用して、彼女を外務大臣に任命したときだ。だが、あっと言う間に外務省の役人とゴタゴタをおこし、更迭されてしまったことは記憶に新しい。これで「首相にしたい人物ナンバーワン」の地位から引きずり下ろされた。その後、しばらくは伏していたが、ほとぼりが冷めた2012年、今度は苦境に立たされた民主党が、その人気を期待して真紀子を今度は文部科学大臣に任命したわけだ。つまり、真紀子はマスメディアだけでなく政治家からもそのメディア性を、いや、そのメディア性「だけ」を高く評価されていたのである。

だが、所詮、政治手腕はない。だから真紀子は「時限爆弾」あるいは「地雷」みたいなものだった。いつ爆発するかわからない。そして、その時は、やっぱりあっと言う間におとずれた。

今回、ついに田中真紀子という政治家の無能ぶりは青天白日の下に晒されたのではなかろうか。役所の空気を読むことも、その分野についての知識を入手することもせず、ひたすらパフォーマンスだけを繰り広げるだけの存在であることを。そうであるとすれば、もはや田中真紀子に未来はない。また、外務大臣での騒動から十年以上が経った現在、角栄の影はもう完全に失われている。そう、もうメディア的にも旨味、つまり金儲けのためのネタにはならないのだ。まあ、ある意味、田中真紀子という人物はメディアによって勝手にイメージを作られ、利用されただけの「可哀想」な、そして「不幸」な存在だったのかもしれないが(そうはいっても、それによって振り回された有権者の側はたまったものじゃないけれど)。残念ながら賞味期限は切れてしまったと、僕は思っている。

田中真紀子という政治家に、手向けの花を贈ろう。それは、かつて小渕首相が現職のままで逝去し、そのことについて彼女が発したコメントをそのまま使わせてもらうのが好ましかろう。

「田中真紀子さん。あなた、これで「お陀仏様」ですよ!」




真紀子大臣の“暴走”に官僚の「振り付け」あり!?


 田中真紀子文部科学相が審議会答申に反して3大学の新設をいったん「不認可」とした問題は、末期症状にある野田佳彦政権の現実を露呈させた。今回の騒動は「真紀子大臣の暴走」と受け止められている一方、ある政界関係者は「財務省と文科省が描いた周到なシナリオに田中氏が乗せられたようだ」と指摘する。“劇薬”田中氏が、大学設置問題の見直しを狙う霞が関にうまく利用されたという見立てだが、やはり野田政権が官僚にまんまと「やりたい放題」の“暴走”を許したのか…。

 田中氏は2日午前の記者会見で、唐突に来春開校予定の3大学の不認可を発表した。この30年間で審議会の「認可」の決定を覆したのは初めてのことだった。

 小泉純一郎内閣時代に外相として暴走を繰り返し、外務省を一時、機能不全にした田中氏である。10月初めの野田改造内閣発足後、内閣最大のアキレス腱とみなされながら鳴りを潜めていた田中氏が、やはり馬脚を現したとも受け取られた。表現は悪いが、とかく人騒がせな田中氏の面目躍如だった。

 しかし、どうも腑(ふ)に落ちないところがある。

 2日の騒動の勃発から、3大学関係者に謝罪した9日までの間、田中氏はなぜか官僚に当たり散らすこともなく「変」だった。外相時代の“学習効果”があったのかもしれない。だが、すべてが予定調和で進んでいった印象をぬぐえない。

 ある政府関係者はこうささやく。「結果的に真紀子さんはハシにも棒にもかからない大学にも税金をつぎ込む私学助成金を削りたい財務省と、同じ問題意識をもつ文科省に利用されたようだ。安易に大学新設を認めてきた審議会の在り方や大学設置基準の見直しに持ち込むために、突然の不認可裁定から一転して許可するという一連のシナリオをすべて官僚が書き、それを真紀子さんが忠実に演じたのだろう」

 それを裏付ける「傍証」もある。

 田中氏が不許可発言した2日のことだ。改造内閣発足まで財務相を務め、野田首相ともども「財務省のパペット(人形)」と言われた民主党の安住淳幹事長代行が、真紀子発言の数時間前に都内で行った講演で、普段口にしたことがない「大学設置基準の見直しの必要性」を長々と説いたのだった。前出の政府関係者は「安住氏は財務、文科両省のシナリオを事前に知っていたに違いない」と話す。

 また、民主党関係者によると、安住氏の講演と同じ頃、文科省幹部が民主党の有力文教族議員を議員会館の事務所に訪ね、「大学設置基準を見直したい」と伝えていたという。

 安住氏の講演での発言、文科省幹部の議員への働きかけはいずれも、その直後に飛び出す“予定”だった田中氏の不認可発言への環境整備だったというわけだ。

 案の定というべきか、安住氏は8日、訪問先の千葉県内で記者団に「田中田中大臣は一石を投じた。田中大臣の提案した、この人口減少の中で、高等教育の質や学生さん側の体制をどうするのか、真剣に議論すればいい。前向きに考えたほうが日本のためにいい」と語り、田中氏にエールを送ってみせた。

 田中氏の“暴走”は自身の選挙に向けて存在感を見せるためのパフォーマンスとの見方もあるが、田中氏によれば、首相と藤村修官房長官に事前に説明し、ゴーサインを得ていたというから、何をか言わんやである。

 ある政界関係者はこう分析する。

 「官僚が『前任の平野博文文科相だったらちゃぶ台返しはできないが、田中氏なら『政治主導』の甘言をささやけばやってもらえると踏んだ。つまり、田中氏が大臣でいる間が最大のチャンスだと。大学設置基準見直しに踏み出すために、“ショック療法”として田中氏を利用し、官邸サイドもこれを黙認した出来レースだったということだ」

 田中氏は3大学について「今回(の騒動が)逆にいい宣伝になって4、5年間はブームになるかもしれない」と述べ、当初の不認可判断も「文科相を拝命して(役所の)中からだったらブレークスルー(突破口)を作れると思った」と話した。むろん、少子化が加速する中、大学設置行政の見直しは急務だが、アプローチの仕方があることを、田中氏はお忘れのようである。

 いずれにしろ、官僚に乗せらたかどうかは別にして、この1週間にわたり無用に大学側を混乱に陥れ、受験生を動揺させた田中氏、そして所管大臣にいったん「不認可」のお墨付きを与えた首相責任は限りなく重い。




以前にも大学創設及び運営に伴う利権構造(注釈)について書いたのだが、この利権の大元にして昨今“情報開放のネットメディアw”でネトウヨの皆様が精一杯背伸びをし憂国を気取るネタたる“生活保護”や“人権委員会”ネタとこの問題に共通するのは、自分こそが国家泰平をもたらすと勘違い甚だしい公僕の妄想により、為政者と言う名の利権893の鉄砲玉が“世論提唱”を行い、マスゴミと言う名の利権893の広報担当が時には芸人と言う使い捨ての飼い犬まで使い“世論捏造”をさせて、何も考えぬヤプー共揃ってマンセーだのホルホルだのした挙句に‥

一丁上がり

‥と言う官政報によるヤラセ劇場型衆愚騙しの似非民主主義と言う事がこれらの記事からも透けて見はしないだろうか?

※注釈
簡単に書くと大学と言うか学校法人を創立するメリットの代表例が税金の“節約”と言う名の合法的脱税であろう、創立し運営する奴から“義捐金”を垂れ流す奴に至ってこの“恩恵”に与る事に加え、一旦設立をすれば余程運営にしくじる事が無い限り“国税”からすら“義捐金”を受けられるのである、その種の利権の代表格は宗教法人だがアレは認可が面倒極まりない(よって塩漬け宗教法人の売買なんて笑い話まである)のに比べ学校法人は“ヤラセ審議会のイモバン一発”で簡単にデッチ上げ可能と言う事も現在少子化で大学新設なんて如何なる屁理屈を捏ね繰り回しても論的破綻以外の結論が出ないのにタケノコの如く増殖し続ける根底にある、今回“目白のお嬢様w”初の、そして民主党政権としても初と言えるまともな為政と個人的には感心していたのだがソコは民主党なのでこの体たらくワロタと言う事ですわw。
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