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【五訓】 米帝の欺瞞に気付きブラ下がり似非国家から脱却し国家たる為に必要な事は? 【12の徳目】

2012年08月01日 23:38

『はい』と言う素直な“心”
『おかげさまで』と言う謙虚な“心”
『すみません』と言う反省の“心”
『させていただきます』と言う謙虚な“心”
『ありがとう』と言う感謝の“心”


‥以上はネットでみつけた刑務所五訓からの引用だが、この現代日本が失った‥と言うか日本自身が捨て去った日本の歴史がもたらした尊い訓令こそ現代日本が最も“取り戻さねばならぬ”事なのだと昨今思い知らされるのである。


いじめは暴力だ。

イジメについて、最近多く論議されていますね。
私も小学校三年生ぐらいから中学校三年生から多少イジメに遭いましたので・・・ いじめの定義について少し考えましたところで、担任の先生が学校でやった授業を思い出しました。

その時は、教室の全てのテーブルを窓、壁際に移動して、テープで真ん中に大きな線を貼りました。
教室の左右はそれぞれの領域は暴力をあらわしています。テープの左側の領域は身体的暴力、テープの右側の領域は精神的暴力です。(ドイツ語にはイジメという言葉があっても、多くは暴力を使っています。)

先生は題を一つずつ出して、生徒はその題は精神的暴力、身体的暴力、あるいは暴力ではないと判断します。
つまり、テープの左側に立っている生徒は「身体的暴力だよ」と宣言して、
テープの右側煮立っている生徒は「精神的暴力だよ」と宣言して、
そしてテープの上に立っている生徒は「これは暴力ではないよ。」と宣言しています。

そのときに先生は読み上げられた例は全く覚えていませんが、同じものは教材としてネットにもありましたので、紹介します。

※ 近づく車に近づかない息子を道路から引き上げるうちに、娘に打撲を与える父親
※ 高速道路で215km/hも走る運転手
※ 息子を「馬鹿」と呼んでいる母親
※ 恋人にキスマークを与える女性
※ ほとんど家にいない父親 (朝早く出て、夜遅く帰る)
※ プロのボクサー
※ ヒトラーの暗殺をしようとしたシュタウフェンベルク
※ 有害ゴミを発展途上国に送る会社の社長
※ 孔子をソーセージにする精肉マイスター
※ 外国人についての排他的発言をしている政治家
※ 自転車のライトがついていなかった、高校生から15ユーロもの罰金を取るおまわりさん
※ 妻が友達に会うことを禁止する男性

と、大人の私が読んでもかなり考えさせられます。
暴力は暴力だけど、許す・・・ぜったい許さない・・・ 暴力になりうる・・・ 自分の中の基準は何でしょう。少し合わせては日本の学校でも出来ますね。

その次の段階では、子供の身近な出来事でいくつかの話を書いてもらっています。(それはクラスでやったかどうか覚えていません・・・)

例えば、こんな話(これも訳した事と、名前を日本の名前に合わせました。)

「翔太は元彼女の桜が新しい彼の陸とチューしていることをみて、陸を殴る」
「夏休みを田舎で過ごした七海さんが日焼けて帰ってくると、クラスの男子が「チョコのようなおいしそうな色!ちょっと食べさせて!」
「未来ちゃんはクラスに「ハルカのアバズレ!」と書いてある紙を回す

と、同じように、「身体的暴力」なのか、「精神的暴力」なのか、それとも暴力ではないのかとクラスで決めてもらいます。

本当に面白い授業で、是非、日本の学校でもやって欲しいですね・・・
(是非どこかやっているところはあるでしょうね!)



こんな下らん“授業”で昨今社会問題化の謂れ激しい“いじめ”と言う名の犯罪事件防止が役に立つと言う駄論を読む羽目になるとは思わなかったのである、ネットメディアの登場は既存メディアの“安定且つ管理された情報社会”から“不安定だが開かれた情報社会”の魁となったのは事実だし、既存社会の“常識と言う名の欺瞞”を暴き出し易くなったと言う観点から見れば良き事と言うのは論を待つ必要すら無いだろうが、益在れば害また在りの諺通りと思ったのがこの種の“論”である。

まぁコレについてはツッコミ所万歳だが面倒なので二つだけ指摘しておく、一つは日本と言う歴史ある国家社会の問題について何故独逸国の教育内容を持ち出すのか?と言う事を挙げておきたい、尤もソレが益ある内容なら“参考程度”として考察対象とするのは良いだろう、しかしどう見てもコレが本件について益ある内容とは思えない、何故か?

ソレが二つ目の指摘部分だが、この論者は“教育”の本質を全く判っていないか恣意的ミスリードをもたらしてるかヲレの知る所では無いし知りたくも無いのでその辺は割愛するが、断言出来る事として教育とは“話し合いで得る知識”では無く、その国の文化社会を紡ぎだした“歴史”に基づく“知識の洗脳”と言う本質に向き合わぬ結果の成れの果てと言う事では無いか?

教育とは“教えて育てる”と書くのである、判り易く分解すれば“上(現世代)から下(次世代)への伝達”に過ぎない、ソコに“対等な関係”は存在しないし、してはならない、一方的に“伝える”だけで良い筈だし、最大限譲って“教育の一環”としてのディスカッションとしてこの種の手法の取りいれは行っても良いだろう、しかし最低前提として“あるべき回答(結果)”を“教育者”が用意し、ディスカッションの結果が如何なる事たろうが“用意した結果”に基づく“教育”で締めくくるべきである、知識も経験も無き者のもたらす“結果”に何ら実すら無しの観点を常に持ち、“あくまでディスカッション経験”の実習程度とすべき事が、何故かGHQの下らん洗脳政策の成れの果てに実行させると“ディスカッションの結果”が“教育要綱並みの権限すらもたらしかねぬ危険”となる事の指摘がこの論には全く無い、何故か?

“洗脳”するにはそれなりの覚悟と責任認識程度は持って頂かねば“洗脳”される奴はたまったモンでは無いのである、下らん自分勝手なエゴ洗脳と言う名の“教育”で泣きっ面となった連中のリストで歴史の書は常に“フォルダ火ィ噴いちゃっテラワロスw状態”であるが、そんな事は百も承知の助な奴だったらこんな連中の下で“洗脳”なんかされるのは少なくとも自分の子供だったら勘弁越境裏口入学何をしてでも回避するだろう。


イジメ被害者には、二択しかないという無責任

静岡市長が定例の記者会見で、いわゆる『イジメ』についてメッセージを発した。

「イジメが止まらないなら学校に行かなくていい」
「悩みを伝えられなかったり、心が折れそうになったりした時は学校に行かなくていい」
「自分の身を守るのは、最低限、自分の責任だ」

何を言ってんだ!?この市長さんは。
評論家ならともかく、あなたは当事者なんですよ!?
静岡市内の小中学校は、『静岡市立』ですよ!?
静岡市の教育委員は、あなたが選任して議会にかけてるんですよ!?
隠ぺいの温床になっている『教育委員会事務局』の『学校籍』ではない職員の人事もあなたが責任者ですよ!?

確かに、学校と言う場所で悪質な『イジメ』(=犯罪)の被害にあっているにも関わらず、誰にも守ってもらえず、死ぬことさえ考えているなら、そんな学校には行く必要はない。

しかし、そのような状況を断固として是正するのが、学校および、その設置者たる教育委員会の責務なのだ。
そもそも、悪質なイジメが止まらないとしたら、その責任を負うのは教師、加害者である。
教室から出ていくべきは、一義的には被害者ではなく、それを放置する教師であり、加害者の方だろう。

『不登校』になる、ということが被害者の将来にどれだけ大きな影響を与えるかを、早稲田大学を出て、松下政経塾で学び、市議、県議を歴任された市長にはおわかりにならないようだ。

「自分の身を守るのは、最低限、自分の責任だ」

いい加減にしろ!と言いたい。

学校で、イジメと言う名の犯罪被害から子供を守るのは教師の、学校の教育行政の責任だろう。イジメと言う名の犯罪であることを体を張って教えるのも同様だ。

不当な被害の中で、苦しんでいる子供達は、自分達の市のリーダーのこのような発言をどのように受け止めるだろう…それを考えると胸が苦しくなる。

そもそも、「学校に行かなくていい」って…今、夏休みですよ!?
無責任なパフォーマンス発言としか思えない。

当事者が、当事者意識を持って向き合っていない。
誰も責任ある毅然とした対応を取ろうとしない。
みんなで責任を曖昧にし、そのつけは、被害者のみが一身に負う。
大津に見られる構造と類似する言動であると断じざるを得ない。

最新のデータから、もう一度、確認したい。

平成22年度のイジメを理由にした不登校は、2716人。
これは大津事件でも明らかなように、『イジメ』を徹底的に隠ぺいしようする、認めようとしない教育現場から上がった数字であり、氷山の一角であることは言うまでもない。

一方で、イジメを理由にした学校教育法に定める『出席停止』はわずか6件。
この数字を比較すれば、不正常な教育現場の姿は明らかだろう。

集団から悪質なイジメを受けても、不登校になるか、転校するか、しか選べない。
そんな教室で、学校で、一体、何を教えられるというのか!

「イジメが止まらないなら、加害者には出席停止を含めた毅然たる対応を取るべき」

「悩みを伝えられなかったり、心が折れそうになったりした時は、一人で抱え込まず、必ず先生や親に相談して欲しい。そしてその原因となっている行為に犯罪性があるなら、学校側は速やかに教育委員会に報告する責任があり、教育委員会は責任を持って対応する義務がある。隠ぺいしようとしたならば、市長として教育委員会に断固、是正を求める決意だ」

「子供達を守り、育てるのは、静岡市の全ての大人たちの責任であり、学校教育の使命だ」

そういうのが本来の責任ではないのか。
発言の修正、撤回を強く求める。


コレは昨今世間様の評判宜しい滋賀県大津市のアレでは無い別件wだが、ここでも‥

『はい』と自らに対する叱責を受け止める素直な“心”が感じられぬのは
『おかげさまで』と言う日頃支持する市民に対する謙虚な“心”が存在せぬからであり
『すみません』と言う反省の“心”など当然発露しないので
『させていただきます』と言う改善に対する決意一つ言わぬ謙虚な“心”無き為政者に
『ありがとう』と言う職責を与える市民に対する感謝の“心”などありえない、あるのは‥


無責任無能誤魔化しその場凌ぎの綺麗事を述べ
市民に“燃料投下”する愚のみ


‥と言う事が日頃手前の宴会や合コンでナンパする事しか考えぬ君達糞馬鹿ヤプー愚民にすら、よ~っくお判りになるお話に繋がるwのだがコイツ言う事スゲェと思ったのは“いじめ”と言う犯罪行為が自分の職責下で行われ自殺者まで出たと言う状況下で言った事が、『嫌なら学校へ来るな』と“いじめ”と言う犯罪者に対する『止めて下さい』たぁ日本の道徳心も此処まで堕したかとヲレ大関心である、この市長は“わが子を預ける市民”に対し『自分は無能無責任です』と言い、更に犯罪者相手に『口先だけ言うが何もしない』と言っちゃったのである、こんなのが為政者として罷り通るのが似非国家似非民主主義たる日本の現実だ、救いが無い。

ヲレがこの立場だったら自決するか徹底的に対処するかの“二択”しかありえない、自決については説明の必要が無いので割愛して徹底的対処の方だが、こんなの簡単な話で『今後斯様な“事件”を招かぬ為に現場に対し法遵守に基づく厳然たる対処を普段から不断の覚悟で求め実行させる』と宣言し実行するだけの話だ、GHQの洗脳政策に基づく誤った人権主義と言う悪性癌細胞に侵され末期状態の日本でコレは困難極める話だろうが、安易な自決より自己責任を認識するならこの“困難”に向き合う結論をヲレは出す、そしてその中でヲレだったら日本国憲法と言うGHQの洗脳文書の中でも特段改定の必要の無きこの文面を前面に出す為政を行うだろう。

日本国憲法第二十六条『教育を受ける権利及び受けさせる義務』

日本国憲法第二十七条『勤労の権利と義務』

日本国憲法第三十条『納税の義務』

所謂『日本国民三大権利と義務』の徹底した教育と言う事だが子供の教育に何故必要なのか?と言う疑問があると思う、しかし考えて欲しい、“教育”とは子供と言う社会生活が“そのままの状態では不可能な立場の者”に対し行う事であり、その本質は先に書いた“洗脳”である、つまり社会生活最低限のこれ等の義務の“教育”は早ければ早い程良いに決まっているからだ、社会生活を無事過ごす“権利”を享受するにはこれらの“義務”に加え“協調性”も無ければ行き着く所は刑務所や果ては壱拾参階段の先にある獄門台と言う事を年代毎に適した表現で“教育”するのだ。

ヲレが小学生の頃は確か高学年になってから週一時間程度の“ビデオ垂れ流し道徳”しか行われてなかったが、昨今の現状を鑑みればもはや一日一時間ヤッても追いつかないかも知れん、いっその事小学生教育に自衛隊教導団から人材派遣をして貰って社会奉仕活動させるとか中学以降の教育はズバリ自衛隊教育入隊でもさせるしか無ェ、勿論“洗脳”と言う教育の本質を思う存分発揮して頂く為に旧帝国軍ばりの“鉄拳教育”は不可欠wとすら思うがその辺の極論はさておき、“日本の道徳教育の復活”を今すぐにやらねば“日本の五徳”の崩壊を招くし、ソレは日本と言う“国家”の崩壊でもあると言う危機感を多くの国民が持たぬのは、これ等の徹底に欠かせぬがGHQの洗脳政策で“タブー”とされるこのパンドラの箱の封印を解かねばならんと言う面倒極まり無いフラグ立てをせねばならんからだ。

12の徳目
1.親に孝養をつくそう(孝行)
2.兄弟・姉妹は仲良くしよう(友愛)
3.夫婦はいつも仲むつまじくしよう(夫婦の和)
4.友だちはお互いに信じあって付き合おう(朋友の信)
5.自分の言動をつつしもう(謙遜)
6.広く全ての人に愛の手をさしのべよう(博愛)
7.勉学に励み職業を身につけよう(修業習学)
8.知識を養い才能を伸ばそう(知能啓発)
9.人格の向上につとめよう(徳器成就)
10.広く世の人々や社会のためになる仕事に励もう(公益世務)
11.法律や規則を守り社会の秩序に従おう(遵法)
12.国難に際しては国のため力を尽くそう、それが国運を永らえる途(義勇)


冒頭に示した“刑務所五訓”の大元がこの12の徳目とヲレは勝手に思ってるし、現代日本の置かれる困窮の代表作たる福一原発“事件”や今日採り上げる“いじめ”と言う誤魔化しで共に何となく有耶無耶に済まされている事に代表される“日本の無責任”がもたらす全ての国家不作為の根源としてこの精神の喪失があると思うのだが、異論があるなら自前で駄Blogでもデッチ上げて示して頂きたい物である。

米帝のもたらす横文字の『モラル』はOKだが兵隊さん賛辞を天皇が謳ったと言う日本語の『教育勅語』は如何なる屁理屈詭弁嘘八百を用いても『頑固に反対』と言うのが、グローバル・スタンダードからかけ離れたガラパゴス化した進歩的文化人の常套句だが、その根底にドロドロ流れる腐臭漂う国賊気質の正体とはGHQがその復活を何より恐れる修身とセットでパンドラの箱に封印される教育勅語と言う日本文化の復興必須なこれら文書の復活を恐れる勢力によって教育現場で行われ続けてるに過ぎない事に気づいてる者が如何程いるのかヲレは不安なのである。

表面的情報としての刑事事件でしかない事象の数々を“いじめ”と誤魔化す根底にある本質が此処にある事と、何より日本国民自身が自分の国一つ自分でも守ろうとせぬで米帝オンリーのブラ下がり似非国家と堕した根源であるお花畑の住民である為の無責任からの脱却をしようとしないから蛆虫北朝鮮による文民拉致“事件”に代表される国家的不作為による被害者は今後も日本沈没の日まで永久に出続けるのである、上記に晒した“ディスカッションと言う名の責任放棄似非教育”や“『不登校の之ススメ』と言い出す似非為政”を惜しみなく世間に燃料投下する連中がのうのうとしていられるのは“ガラパゴス化した日本独自の誤った似非文化”が厳然と実在するからに他ならない。

そこで今一度この“12の徳目”を読み返して欲しい、コレを如何にすれば国家社会主義を翼賛する危険思想となるのかヲレには到底理解不能である、この日本普遍の“常識”について天皇による勅語がマズイのであれば日本国議会で制定し施行すれば良いだけの話である、『兵隊さん云々』に至っては“単なる運用問題”であるので現在社会に即した運用をすれば何ら問題等無い、無責任怠惰第一とこんな“簡単な事”一つまともに向き合わぬ日本と言う社会体をヲレは似非国家と堕するのである、コレは為政者や教育者“だけ”の問題では無い。



要するに何が言いてぇってなぁ、もういい加減GHQの欺瞞たる“誤った何とか主義”から脱却しねぇか糞馬鹿ヤプー愚民諸君w?って事なのよ、おめぇらが大層ありがたがってる米帝様の現実を最後に晒しておくから、日々宴会合コンでナンパしか考えねぇ足らんドタマでたまには真剣に手前の生まれ育った国家の事ぐれぇ考えてみろよw。


「黒人お断り」南部に残る人種差別

 ミシシッピー州の町クリスタル・スプリングで、あるカップルは結婚式を予定していた教会から「式は行なえない」と告げられた。その理由は「二人は黒人だから」。約50年前、南部で黒人差別州法は撤廃されたが、差別感情はまだくすぶり続けている。
 
 非営利公民権団体の「南部貧民救済法施行機関」などによると、ファースト・バプテスト教会から拒否されたのはチャールズ・ウィルスンさんと妻のティアンドレアさん。7月21日の結婚式の招待状は発送済み、当日の式次第の印刷物もできあがっていた。それを式2日前に、突如スタン・ウェザーフォード牧師から式場を変えろと言われて、二人は驚いたという。

 一部の信徒が黒人カップルが教会を使うことに難色を示し、「もし二人を結婚させれば、投票で牧師をこの教会から追い出すようにする」とウェザーフォード牧師に脅しをかけたという。同教会信徒のほとんどは白人。1883年に設立されて以来黒人の結婚式は行なわれたことがない。同牧師は驚いたものの、一部有力信徒の脅しに屈服。同町の他の教会で二人の結婚式をとりおこなった。「教会内で論争を巻き起こしたくなかった。二人には論争に関係なく、最良の結婚式を挙げてほしかった」というのが牧師の弁。
 
 ウィルソンさん夫婦は、「牧師が困難な立場にいたことは理解するが、彼は自分たちのために立ち上がらなかった」と指摘する。「他の信徒も知っていても、立ち上がってはくれなかった。彼らは自分たちをキリスト教徒と信じているようだが、そうではない」と怒りがおさまらない。

 クリスタル・スプリングは人口5000人の町。サリー・ガーランド町長は、「ほんの一握りの人」が町を代表しているように捉えられるのは心外と、教会側に憤りを表す。これに対し、教会側は今「どんな人種も歓迎」と姿勢を変えている。

 ガーランド町長の言うように、これらは「ほんの一握りの人」だろうか。一般に人々は表面的には人種に寛容だ。だが、1876年から1964年にかけて、南部ではジム・クロウと呼ばれる人種隔離州法が存在した。有色人種に対し公共施設などの利用を白人と分離・制限していた。オバマ氏を大統領に選んだとはいえ、米国では、特に南部では、一部住民の間で差別感情はまだ根強く残っている。

 さらに、狂信的に白人至上主義を掲げる人々もいる。7月初めアラバマ州ウィンフィールドで、「神の選べし教会」は毎年恒例の牧師会議へ参加者を募るチラシを町中に張りだした。そのチラシの「すべての白人キリスト教徒は招待されます」という一文が人種差別と問題となった。主催者側は、「我々はヘイトグループではないが、白人は神が選んだ人種だと信じている」と主張している。

 この「神の選べし教会」は「ヘイトグループではないが」と言うが、白人至上主義を掲げる集団は概ね「ヘイトグループ」と呼ばれる。白人至上主義運動がなくなるには、半世紀はまだまだ短いのかもしれない。



元々手前の土地で喰うに困った底辺が“新天地”求め呼ばれもしねぇのに勝手に出向き原住民大虐殺の末にデッチ上げた人工国家にして“御主人様”になったってんで“御主人様の特権たる奴隷買う権利”の成れの果てがコレよ、こんな糞みてぇな人工国家だから『HAHAHAイエローモンキージャップなんかに人権なんテラワロスw』とばかりに当時の国際法やら条約やら全部スッ飛ばして焼夷弾から核爆弾まで雨あられの如くバラ撒き文民大虐殺をした挙句に核についてはその後の影響調査と言う名の人体実験調査までしでかしたのが米帝が日本に対して行った歴史的事実である、昨今もTOMODACHI大作戦とかでGE社の不良原発のもたらした調査に乗り出したダロ?底辺兵隊の被曝なんてお構い無しにw‥しかもその費用『ジャップ持ちクッソワロタw』と栗ババァが言ったらアッサリ払ったって冗談ダヨなぁスッカラ菅に泥鰌豚野田ぁw。



日本困窮の全てにKAMIKAZEと言う名のトラウマが米帝内部に厳然と存在すると言う事実に日本の糞馬鹿オンリーさんが勘違いして張り切ってるだけなんだよ、もっと判り易く書いてやろうか糞馬鹿ヤプー愚民諸君w、手前が散々非道外道を極めた自覚ぐれぇは持ってるから日本文化復活でついでにKAMIKAZE復活で復讐されちゃうのが何より怖いwって事よ。

人が他者と対するにレベル違いの認識がある場合、大まかに二通りの行動に至る、一つは自分より相手のレベルが高ければ自分を向上させると言う日本型の常識に基づく行動、もう一つは自分より相手のレベルが高いなんてありえないと認めずレベルそのものを手前のレベルに合わせさせる、よくある“レギュレーション改悪”してでも自分のエゴを貫き通す欧米型の常識に基づく行動、今日取り挙げた事がこの何れかなのか?君達糞馬鹿ヤプー愚民脳は如何なる結論をもたらすのかヲレは知りたい‥なんて屁とすら思って無ェwって辺りで今日の駄Blog終わりw。



参考リンク
刑務所五訓
似非国家日本の実情のオマケ付と言う珠玉のページだがサイト全体を良く読むと大爆笑w‥
教育勅語を教材にしたページ
明治神宮発“読み”“書き”共にPDFの教材付で『ただちに使える』日教組教師が泣いて喜ぶページw





オマケ:教育現場+国賊と言うキーワードで思いつくのが国旗国歌却下教育だがコレは‥
事の根底が桁違いw
‥勝手に騒ぐ“お花畑な歴史的悶着”なんかとは全く違う“リアルな歴史的悶着”が此処にある、自分の生まれ育った地と異なる国家の、しかも歴史的悶着ネタ本で歴史図書館の本棚は常に“フォルダ火ィ吹き捲り状態”の国歌でも連合王国国歌たる“ゴッド・セイブ・ザ・クイーン”に対するブーイングは謹んで欲しいと声明する、これぞまさに国家代表の鏡と言える模範的対処だ、一方何処かの似非国家の教育者の一部は自国国歌を職務放棄をしてでも否定するが、職場でシノギをする“権利”だけは振り回す‥国家と似非国家の違いが良く判る記事であるw。
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