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【厳しい】決してNoと謂わぬ日本人の性根は大東亜時代から一歩もブレないw【日本語は正しく使えw】

2012年07月14日 23:59

昨今何か問うと返って来る答えに“厳しい”と言う文句を耳にする事が多い、そしてその多くは‥
無能無責任な輩の方便
‥とヲレは思うんだが、ど~よ糞馬鹿愚民諸君?


東電 給与30%削減は厳しい

東京電力の下河邉会長は、電気料金の値上げ申請に対し、消費者庁などが社員の給与の30%削減を求めていることについて極めて厳しいという認識を示したうえで、ほかの経費を削減してでも30%削減は避けたいという考えを強調しました。

東京電力の下河邉会長はNHKとのインタビューに応じ、この中で、電気料金の値上げに対し、消費者庁などが社員の給与の削減幅を現在の20%から30%に拡大するよう求めていることについて、「厳しい環境で電力会社としての責務を果たし、最善を尽くしたいと思っている社員が仕事に取り組む報酬として30%という数字は極めて厳しい、酷なものだ」と述べ、30%の給与削減は社員にとって極めて厳しいという認識を示しました。

そのうえで、下河邉会長は料金の認可の際に給与を30%削減すべきだと査定された場合について、「組合としてそのまま受け入れることは大変難しいと予想される。経営の立場としては、ほかの原資で補うことになるのだろう」と述べ、ほかの費用を削減してでも給与の30%削減は避けたいという考えを強調しました。


こんな糞共の思考回路に“自社の社会的責任を考慮し、今後の給与は当初として最低でも公務員並み、最終目標として民間最低ラインまで引き下げ世の支持を乞う”と言う常識感覚なんてカラッキシ無ェのは判り切ってるので今更『たかが30%如き下げられないのか屑!』等と罵倒するのも虚しいし、今日はそんな話では無いのである。


『厳しい』‥之が本当にその言質の意味にて口にする輩をヲレは久しく見なくなった気がするのである、『厳しいとは如何なる理由か?』と問えば有耶無耶な回答しかしない、なれば『実際に実行した上で“厳しい”のか?』と問うても有耶無耶な回答しかしない、要するに実行等何一つせぬ内に“厳しい”と回答すれば相手が『ああ、厳しいのか、大変だね』と有耶無耶な納得をするのを期待してるのが透けて見えるのでヲレはこの種の回答をする輩に対しては超強硬的無慈悲な追求と言うか罵倒wなるドSプレイモードに入ってしまうのである。

『本当に実行した上で“厳しい”のか?なれば如何なる部分に於いて“厳しい”のか?』‥と言う辺りから導入されるドSプレイは、行き着く所大抵『おめぇはヤル気があるが結果として“厳しい”と言うのか、それともヤル気の無さを誤魔化す為に“厳しい”と言うのか、ど~よ?』と問うても最後の最後まで有耶無耶な回答しかしない、こう言うのをヤル気が無いとヲレは判断するし、その根源に面倒嫌責任逃避と言う大東亜時代からの日本伝統芸が今尚息づいてる事を実感せざるを得ないのである。

最初から最後まで有耶無耶な事しか言わぬ痴呆だか阿呆だかワカラン輩に比べれば上に挙げた殺人電力なんかまだマシな方だ、少なくとも手前の無能無責任は棚に上げ今尚『責任ある電力事業云々』と言うもはや誰も受け入れぬ屁理屈を強弁しつつ『漏れ達の宴会費用は絶対確保する、虎の子の火力発電売り飛ばしてでもw』とヤラかすだけ“屑なりの意思”が感じられるからだ、尤もあくまで“社会悪性寄生虫”たらんとする言質の是非について如何なる判断をするかは個人差があるだろうがw。

要するに“厳しい”と言う言葉は使い易いと言う事なのだろう、“厳しい”と曖昧な回答を鸚鵡返しの如く続ければ相手がも面倒になり、結果として勝手に有耶無耶な納得をしてくれると言う全てに於いて他人任せの無責任を象徴する言語、ソレが“厳しい”なのだろう。

『○×の案件については△□の方法を取ったが成果が見込めないので、出来ません』と言うのが手前の薄っぺらいプライドを傷つけるので言いたくないと言うなら、せめて『▲■の手法を現在講じている最中なので今しばらくお待ちいただけませんでしょうか?』ぐれぇ言える代替案の一つでも用意してからそのヘタレな戯言を言え無能w、言い換えればこの種の無能は常に卑小な輩でもある、おめぇのすぐ傍にいねぇか『厳しい』ってのが口癖のカスが、否‥
おめぇ自身がその輩ワロタw?
‥ヲレの人生方程式の中に“物事をハッキリ言わん奴=無能無責任卑劣漢w”と言うのがあるんだがソレはさておき、日本人と言うのは大東亜時代から今日まで延々とこんな体たらくで何一つハッキリ意思表示しなかったのである。

その結果、米帝の亜細亜利権確保に付き合わされた挙句に焼夷弾から核爆弾に至る“当時の国際法違反なのに何故か裁かれなかった人道に対する罪”のフルコースに見舞われるわ、大東亜後も蛆虫南北朝鮮や支那による国家主権侵害“事件”の数々に対しても事ある毎に口先だけの『遺憾の意』で誤魔化し、竹島簒奪漁民虐殺から文民拉致に至るまで解決なんて悪夢ですらありえぬ体たらく、終いには尖閣に偽装漁民尖兵まで“侵略”されても“抗議一発しようがシカト”される始末。


政府レベルでは“遺憾の意”、愚民レベルでは“厳しい”‥ヲレは日本を似非民主主義と表現するが、訂正せねばならんのかも知れない、何故なら民主主義の現実として“時の為政者のレベル=時の大半を占める民衆のレベル”が見事に合致しテラワロスw‥折角自由に手前の意思を表明する権利を有する民主主義国家に生まれ育ったのだから、その権利はタップリ行使せねばMOTTAINAIでは無いか?‥尤も“権利”にはセットで“責任”を全うする“義務”が伴っちゃうケドねw‥って辺りで今日の駄Blog手抜きで終わりw。
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