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【資料】 北方領土問題をプーチン大統領就任から読む

2012年05月07日 23:02

北方領土返還近し!プーチンに直談判するぞ
飯島 勲 「リーダーの掟」


「二島なら返す」は真意ではない

2012年5月7日、プーチンが、再び大統領に就任する。3月4日のロシア大統領選でプーチン首相が60%以上の得票率で圧倒的勝利を収めた結果である。今回の大統領選の結果が日本のマスコミで大きく取り上げられたのは、プーチン自身への関心の高さはもちろんだが、投票直前に、外国メディアとの会見で北方領土問題に言及したからだろう。

これから少なくとも6年間の大統領の任期中、ロシアを治めることが決まっている最高権力者が、北方領土問題について「最終的に解決したいと強く願っている」と述べたのだ。柔道家のプーチンが「引き分け」という日本語を例に挙げたことから、ロシア側は二島返還での解決を求めていると受け取り、警戒を強める向きも多いが、私は進展を期待したい。

「二島なら返す」というのはプーチンの真意ではないと思う。

実は、小泉内閣当時にも、プーチン体制下で北方領土問題が進展するという期待があった。私の情報では、プーチン自身は乗り気だったようだが、議会の承認が得られず断念したということだった。今回、北方領土問題に対する前向きな発言が出たということは、議会対策にかなりの自信を持っているのではないかと推測できる。ということは、日本側さえ対処を間違えなければ、北方領土問題を前進させることができるはずだ。

今回のロシア大統領選挙について、プーチンは相当な苦戦を予想していた。3月の1回目の投票では決着がつかず、4月の決選投票に持ち込まれる心配もあったが、第一ラウンドで過半数を制する見込みが立ったため、つい本音が出たというのが「北方領土」発言の背景ではないだろうか。

もちろん、前回の大統領就任時と比較すれば支持率も下がり、アメリカが加担した反プーチン派の活動も盛んになった。しかし、ロシアの将来を考えてプーチン政権の弱体化を望む国民は少なかったのだ。

余談だが、11年、欧州が仕掛けた「メドベージェフ大統領続投」が、ロシアの支配層にアプローチしたことと比べると、米国と欧州のインテリジェンス風土の違いを私は感じた。

プーチンは、世界の勢力バランスを考えている。まずアメリカ、そして中国を封じ込めることで、自国の権益を拡張させていくのだ。一見ロシアにとって何のメリットもない北方領土の返還で、中国の封じ込めと極東開発を企図している。ズバリ、これがプーチンの本音だ。

プーチンの極東への関心を一番よく示しているのは、12年9月のAPEC首脳会議の場所をウラジオストクに設定したことだ。

各国首脳が集まる際の設備、警備体制などを考えれば、自分自身の出身地でもあるサンクトペテルブルクか、首都のモスクワでやるのが妥当だ。そのほかに候補地となりそうなのは、14年に次の冬季五輪が開催される黒海沿岸のリゾート地、ソチくらいだ。

そこを、あえて極東の小さな港町、ウラジオストクにした。首脳はともかく、各国外務省の担当者や、プレス関係者が泊まれるだけの宿泊施設は現時点でない。おそらく港に客船を停泊させて、ホテルがわりに使用することになるだろうと予想される。

宿泊施設が足りない町で大規模な首脳会議を開くことができると、プーチンが確信しているのは、01年、イタリアで開催されたジェノバ・サミットを経験しているからだ。小泉首相とプーチン大統領の初めての首脳会議も、このサミット期間中に行われた。あのときは、アメリカの代表団だけが陸上のホテルに宿泊したが、他の参加国は首脳も随行員も、すべて停泊中の客船に泊まった。もちろん私も船中泊。同行記者もすべて船だった。記者によっては全く窓がない部屋に当たった人もいてかわいそうだった。

そして首脳全員が出席するメーンの会議以外の、各国のバイ会談も船で行われた。小泉=プーチン会談も海の上だった。プーチンはこのときの経験から、ウラジオストクでも大丈夫だと決断したのだと思う。

ウラジオストクで開催される、ということ自体が、12年のAPECの議題とは別に重要な意味を持ってくるだろう。いろいろな不備を承知のうえで、ウラジオストク開催を決めたのは、ロシアの将来を考え、人口の少ないシベリアの開発、インフラ整備を進めたいという強い意思からだと推測できる。そのためには、極東の拠点としてのウラジオストクの都市基盤の充実が必要になってくる。

プーチンは、日本の経済力、技術力に対して大きな期待を持っている。日本は、インフラ整備については、あらゆる分野に高度な技術とノウハウを持っており、これを活用しない手はないからだ。距離的にもロシアの中心であるモスクワやサンクトペテルブルクよりも、日本のほうが圧倒的に近い。

私はシベリア鉄道を北海道まで延伸して日本とユーラシア大陸を直接つなげることをプーチンに提案し、同意を得た。実現すれば、世界の物流が変わり、日本とヨーロッパが陸続きになる。

しかし、鉄道がつながっただけでは、ロシアにはうまみがない。人口が極端に少ないシベリアはマーケットとしては魅力が少なく、単なる通過点になりかねないからだ。

日本の資本を素通りさせないための拠点の一つとなるのがウラジオストクだ。ロシアの歴史を紐解けば、ピョートル大帝がサンクトペテルブルクを「欧州の窓」として建設したように、プーチンは「アジアの窓」として、ウラジオストクを建設して、太平洋への玄関口としたいのだ。

ウラジオストクの開発が進めば、日本経済にも大きな変化がある。いま、日本の大都市は太平洋側に集中しているが、日本海側に大きな港を持つ都市の可能性が広がる。ロシア、中国、韓国と、いま経済に勢いのある国との取引に有利な地理的条件を備えている。日本列島が鉄道でユーラシア大陸とつながることに加えて、日本海の海上交通も活発化すれば、日本国内の経済地図も書き換えられることになる。

プーチンの思惑通りに計画を進めるための障害となるのが、北方領土問題であることは容易に予想できる。日本政府が一番重視しているのは北方領土問題だからだ。日本の支援を引き出すため、まずはこの問題を解決したい、実利を得るためには柔軟に対応したほうがいいと、プーチンは考えたのではないだろうか。

日本の外交政策にとって一番重要なのは日米同盟であることは揺るがない。しかし、いま世界中の指導者を見渡してみれば、日本のことを一番よく理解しているのはプーチンといってもいい。

本人も柔道家で日本文化に触れていることはよく知られているが、リュドミラ夫人と次女のカテリーナさんも親日家。とくにカテリーナさんはお忍びで4回来日し、東京ディズニーランドなどで遊んでいることを私は確認した。

これまでメドベージェフ大統領は、北方領土の視察を行ったり、北方領土に中国や韓国の企業を誘致しようとしたりと、日本への挑発を繰り返してきた。日本との協力関係を深めたいプーチンはメドベージェフのやり方にうんざりしていた。

日本側がプーチンの意図を読み間違えなければ、確実に協力関係は進むと見ている。日本側も外交力に疑問符がつく政府だけではだめだ。経団連を中心に財界が主導して政官民が一体となって対応することが望ましい。私は、その先駆けとして大統領就任後のプーチンに直談判をしにいく。

(注):ウラジオストクは東方を征服せよ、の意。
ウラジオストクは、東方を征服せよの意味を持つ。金角湾と呼ばれる天然の良港を抱き、丘が連なる坂の街だ。帝政時代からの建物が保存され、「東洋のサンフランシスコ」と呼ばれる(ウラジオストク日本人会HPより)。




プーチン返り咲き
緊張の中露と北方領土の行方


2012年3月4日、ロシアで大統領選挙が行われた。2011年12月の下院選挙での不正は、国民間でくすぶっていた反プーチン機運に火をつけることになり、それ以後、中間層を中心に抗議デモやインターネットによる反プーチン運動が激化することになった。

「ばらまき」で支持率アップのプーチン

 プーチンに匹敵する国民を魅了できる候補者が不在の中、プーチンは給与・年金引き上げや軍事費増強など「ばらまき型」の政策や、愛国心を鼓舞する訴えなどを主要紙への論文寄稿などによって連発した。その結果、下院選挙後には40%台前半まで落ちたプーチン支持率は、2月末には66%(レヴァダセンター)にまで上昇した。

 選挙では、プーチン氏が第一回投票で過半数を確保し、再選を決める可能性が高いと考えられていたが、次期政権の安定性と正統性を確保するためにも、いかに高い得票率を確保するかが焦点となっていた。

 選挙は即日開票され、4日夜(日本時間5日未明)に、プーチン氏はモスクワのマネージ広場で、メドヴェージェフ大統領と共に舞台に上がって勝利宣言をした。 

 プーチンの得票率は確かに全体としては高かったが、以前のような国民の熱狂はそこになかった。モスクワでは得票が過半数を超えなかったし、他に選択肢がないからプーチンに投票したという住民が多いのである。さらに、野党陣営は、不在者投票用の投票用紙を利用して同一人物が何度も投票を行う「回転木馬投票」があったと主張している。そして、反プーチン派は選挙翌日の5日夜に、モスクワのプーシキン広場で、「プーチンがいないロシア」を求める抗議行動を起こした。

 加えて、北コーカサスでは、大統領選挙の投票後、武装派によって投票所が襲撃される事件も起きている。これにより、警察官3人、武装派1人が死亡した。ロシアにとって長年の懸念材料であった、北コーカサス問題が、プーチン新政権期においても難問であり続けることを象徴するかのような事件だといえる。

国内の中間層の不満解消が必須

 プーチンはこれまでの政権運営においては、内外で強い指導者を演出し、強いロシアの建設を掲げてきたが、今後はそうもいかないと思われる。

 まず、国内に対しては、反プーチン機運をいかに収束させていくかが問題となる。反プーチン運動を繰り広げているのは、都市の中間層であったが、彼らの不満をどう解消していくかが課題となるだろう。選挙戦期間中の「ばらまき」政策により、プーチンは支持率を66%まで上昇させることができたが、途中で支持に回った人々は主に公務員、軍人、教員、地方の人々だったと想定され、やはり中間層の心はつかんでいない。

 中間層も、自分たちが裕福になれたのは最初のプーチン時代だという意識はあり、プーチンを決定的に排除しない可能性も高い。しかし、汚職廃絶や透明性の確保、民主化などを進めていかないと、今後、大きな反対のうねりに発展する可能性も否めない。

 また、プーチンが選挙戦期間中に掲げた「ばらまき」政策が、永遠に続けられるはずもない。どこかで、見切りをつけなければ、国庫が破綻するわけだが、その収拾は極めて困難であろう。やり方を間違えれば、現在のプーチンの支持層の大きな反発を招くことは必至だ。

 さらに、今後、北コーカサス問題や移民問題含む民族問題をどう解決していくかということも重要な課題となる。先述のように、選挙日にも北コーカサスでは武装派が投票所を襲撃する事件があり、プーチンに対する宣戦布告にも見えた。近年、北コーカサスはロシアにとって最も懸念される問題であり、メドヴェージェフ大統領も手をこまねいてきたと思われる。チェチェンのカディロフ大統領はじめ、北コーカサスの指導者はプーチンの傀儡ともいうべき性格を持っているが、北コーカサスの住民や武装派は怒りを募らせている。   

 また、北コーカサス以外の地域の住民は、政府が北コーカサスに対して多額の資金をばらまいている(しかも、それが地域指導者に濫用されている)ことに大きな憤りを覚えている。これは、選挙戦においても大きな課題となってきており、人気ブロガーで反プーチン運動の先頭を走ってきたアレクセイ・ナバリヌイ氏(35歳)もこの点を大きな問題としてきた。

ロシア経済安定のカギを握る外交

 このように、国内的にも大きな爆弾を抱えているが、その帰趨に大きな影響をもたらすのが経済問題だろう。

 現在、ロシアの経済は資源の輸出に大いに依存している。プーチンが2000年台に強いロシアを生むことができたのは、当時、石油価格が高騰したことに他ならず、今もイラン問題で石油価格が高値なのはプーチンにとって幸運なことである。しかし、これが長く続くとは限らない。実際2008年の世界規模の経済危機の際には、それまでのプーチンの経済運営が大きく批判されることになった。やはり今、経済の多角化は必至である。そこで、重要になるのが対外関係だ。良好な対外関係を築き、より多くの貿易を成立させ、技術協力などをしていくことが、ロシア経済を安定的に維持するカギとなる。

 それではプーチン外交はどのようなものとなっていくのだろうか。ここ数年、APECやソチ五輪の開催をはじめとした、国際的な大行事が目白押しであることからも、国内外の安定を維持することが極めて重要な課題となっているということを大前提だ。なおかつ地域的にみると、大きく分けて(1)欧米との関係安定、(2)中国への警戒を強める一方、アジア重視、(3)旧ソ連諸国とも良好な関係を維持しつつ、メドヴェージェフ時代の武力的脅迫より、ソフトパワーを意識した政策、という柱が立つのではないかと思う。

 まず、欧米との関係については、国内のナショナリズムを維持するためにも、ミサイル防衛問題などの諸問題を時折ちらつかせながらも、基本的には安定的関係を維持しつつ、政治経済のみならず、エネルギーや軍事部門などでの協力深化を模索していくことになるだろう。

 一方、ヨーロッパの経済情勢が極めて悪化していることもあり、外交はむしろアジア重視にシフトしていくと思われる。ロシアにとって、中国の存在は極めて脅威である。中国は、近年世界中に進出し、ロシアの「近い外国」である中央アジアでも大きな影響力を行使している。中東問題などでは同じ方向を向いているとはいえ、中露間には様々なしこりがあり、天然ガスの価格交渉なども進展せず、関係は緊張している。昨年、ロシアが北朝鮮との関係を急に深化させていったことの背景にも対中対策があると考えて良い。

北方領土は2島返還が前提か

 他方、貿易やエネルギー輸出の相手としても、アジアの方が現在は大きな潜在性を持っている。また、日本とは技術協力でも関係を深めていきたいはずである。それは、エネルギーに依存した経済体質から脱皮を図る上でも重要だ。

5月7日、ロシアのプーチン大統領が再び誕生した。2000年から2008年(4年、2期)に大統領職を務めたプーチンは、その後、4年間、メドヴェージェフ氏が大統領を担う中、首相としてかなりの実権を握り続けてきた。だが、また大統領に就任したことで、名実ともに、プーチン氏はロシアの最高権力を掌握したといってよい。前政権まで、大統領の任期は、1期4年で連続2期までだったが、メドヴェージェフ政権時代に、任期が6年に引き伸ばされたことにより、プーチンは今後、最大12年間も政権を握り続ける可能性があるとみられている。つまりプーチンの対日政策が、今後当面の日露関係や北方領土問題の帰趨を決するといえるのである。

 しかし、日本にとってプーチンが良いパートナーとなるかは疑問だ。プーチンは、いくつかの政策論文では日本について言及しなかったが、選挙直前に北方領土の「引き分け」論を提示し始めた。中国との領土問題の解消を「50%・50%」で行ったことも引き合いに出している。しかし、これは領土を「返してくれる」ということではないと思われる。期待感を日本に与え、ビジネスや技術協力を深めるインセンティブを強化し、領土問題については「そのあと」考える、という方針だと思われる。しかも、2島返還論が最大の前提ということになるため、北方領土4島の「面積の50%・50%」ではなく、「2島・2島」がロシアの最大の譲歩ということになりかねない。いずれにせよ、日本が進めている4島返還論での交渉は難しいことは肝に銘じておくべきであり、ビジネスや技術協力だけに利用されないように、日本も確固たる外交を行っていくべきだろう。

「ユーラシア連合」構想は対中国対策?

 最後に、近い外国については、今後穏健な政策を取って行く可能性が高いと思われる。

 プーチン氏は、昨年9月にメドヴェージェフ大統領とのポスト交換を発表した直後の10月に、「ユーラシア連合」の構想をぶち上げ、旧ソ連地域の関係を再結束し、アジアとEUの間の懸け橋となるという宣言をしていたが(参考:拙稿「旧ソ連復活? ユーラシア同盟構想に見るプーチン新外交」;「プーチン政権再来とその対外政策の展望」)、その後、本件についてほとんど語られることがなくなった。

 他方、同構想を発表した後、明らかに中国に対する姿勢が変わり、意識している状況が見て取れる。本構想は中国を意識して出したものと見た方がよさそうだ(防衛研究所・兵頭慎治氏談)。

 たとえば、昨年10月5日には、中国側の通訳がロシアのS-300地対空ミサイルの機密文書を盗もうとしたとして、約1年前にロシア連邦保安庁に逮捕されていたことを突然発表した。しかも、それはプーチン氏の10月28日の訪中の直前であり、そのタイミングが多くの憶測を呼びんだ。「中国に恩を売るため」「難航していた天然ガス価格交渉(参考:拙稿「中露蜜月に水を差す天然ガス問題」)を有利に導くため」「中国のスパイ活動や兵器情報の無断使用を牽制するため」などの理由があるのではないかと議論された。

中国との会談を拒否したロシア

 11月22日には、空母開発を進める中国が、艦載機の着艦に不可欠な機体制動用ワイヤをロシアから購入しようとして、拒否されたことも報じられている。

 さらに、次期中国首相候補と見られている李克強・副首相が2012年1~2月中のロシア公式訪問を計画し、プーチン首相とメドヴェージェフ大統領に会談を申し込んだが、二人とも、李副首相との会談を拒否した。友好国である中国の高官との会談を拒否することは極めて異例の事態で、中国側はロシア側に理由(ちなみに、プーチン氏の拒否の理由は、大統領選挙で忙しいということだった)を問うなどし、両国関係に緊張が走った。

 色々な憶測が流れているとはいえ、これらの動きが中国にメッセージを発していることは間違いない。

領土問題 日露間の「温度差」

 3月の拙稿「プーチン返り咲き 緊張の中露と北方領土の行方」で記したように、プーチンは土壇場で北方2島の返還可能性に言及し、対日関係の改善・深化の意思を表明したかに見えたが、実際は日本にとってそんなに甘い話ではないことは肝に銘じるべきである。2島返還ですら容易でない中、仮に2島が日本に返還されたとしても、主権はロシアに残る可能性もあるという声もあるほどだ(袴田茂樹「プーチンが大統領になっても領土問題は解決できない」(日経ビジネスオンライン)。

 他方、ロシア側は日本がプーチン新政権に対し、積極的な外交攻勢をかけようとしていると見ているようだ。

 ロシアメディアは、日本がロシアとの関係深化を進めようとしている証拠として、日本の高官らの訪ロが、プーチン氏就任の直後から相次いで予定されていることを大きく報じている。具体的には、元外相で現在、与党・民主党の政調会長である前原誠司氏の4月29日から5月4日までのモスクワ訪問、そして、プーチン氏と親しいとされる森喜朗元首相が特使として5月末にロシアに派遣される予定となったことである。このいわば大物が相次いでロシアを訪問することで、日本としては北方領土問題を中心とした日ロ関係の問題を前進させたいところだが、日ロ間の温度差があることは否めない。

旧ソ連諸国とは関係改善の兆しも

 その一方、旧ソ連空間の安定化と武力ではなくソフトパワーで影響力を強めていく姿勢が見て取れる。

 たとえば、旧ソ連諸国、特にバルト三国などにおいて、ロシア語やロシア文化に関する政策を強化していく姿勢を見せている。これはまさしく、ソフトパワーによる外交へのシフトと見て取れるだろう。

 また、現在最も関係が悪化しているグルジアとも関係改善の動きが見られる。3月2日に、ロシア外務省のルカシェビッチ情報局長はグルジアに外交関係の回復を提案していたのだ。グルジアのサアカシュヴィリ大統領が先月末に、ロシア人観光客らに対する査証(ビザ)を撤廃すると発表したことを受けた措置であるとはいえ、ここ数年のロシアのグルジアに対する姿勢からは想像もつかない展開である。グルジアはソチにも近く、またグルジアの問題は、欧米との関係にも悪影響をもたらす。「外交の安定」という大前提を維持するためには、グルジアとの関係改善が必須と考えたと言って良いだろう。

 このように、本大統領選挙は内政・外交に様々な影響をもたらしてくると思われる。日本は、先入観を捨てて、ロシアの動きを注視し、柔軟な対応をしていくべきだろう。




プーチン再就任
やはり厳しい北方領土問題


前原氏訪露 互いの主張は変わらず

 ここで、特に注目されているのが森氏の派遣である。そもそも、儀礼的な外交を例外とし、野党議員が特使を務めるのは異例のことだが、この決定は野田佳彦首相の強いイニシアティブに基づいている。前原氏と森氏の訪ロは「セット・プラン」と考えてよさそうだ。何故なら、前原氏は訪ロ直前の4月26日に森氏と会談しているからだ。そして、現段階ですでにその一つ目の計画は終了した。

 前原氏はプーチン大統領就任をにらみ、その直前に照準を当てる形で、ロシアの下院議員ら(4月30日)、ナルイシキン下院議長(5月3日)、ラブロフ外相(5月2日)、半国営の天然ガス独占企業「ガスプロム」のメドヴェージェフ副社長(5月3日)らと会談を行った。前原氏としては、来る森氏の訪ロに先駆け、領土問題交渉の環境整備を事前に整えておきたいところだが、実際は難しそうである。

 日ロ双方は、両国首脳が北方領土問題解決への意志を持っていることと同問題の解決の必要性を確認したほか、問題解決のための環境整備のため今秋以降、ロシアの「統一ロシア」と民主党という両国の与党間の交流を活発化させることでは合意をみたものの、両者の同問題に対する姿勢の温度差は改めて浮き彫りにされた。つまり、日本が北方領土を日本固有の領土と主張しているのに対し、ロシア側は「第二次世界大戦の結果」として実効支配を正当化する姿勢を崩していないのである。

 「ガスプロム」のメドヴェージェフ副社長との対談では、ロシアから日本へ向けたガスパイプライン敷設の可能性に関し、候補ルートの一つとして「(サハリン南端から)40キロのパイプラインで稚内へつなげる」案などについて議論された。日本では、原発稼働の問題が深刻化する中、電力不足が深刻化し、ロシアのLNG(液化天然ガス)輸入の需要が高まっているのは事実であり、また、ロシアも昨年の東日本大震災以来、日本へのLNGの売り込みに躍起となっている。このように、ロシア側は北方領土問題については、形式論ばかりを繰り返す一方、経済協力に関しては非常に熱心であり、実質的な議論は経済問題に終始していると言って良い。

森氏に寄せられる期待

 そして、二つ目の計画を担うこととなった森氏に対しては、かなり強い期待が持たれていることが推察できる。

 野田首相は4月25日に、森政権時代に、ロシアとの領土交渉に深く関わり、ロシアと太いパイプを持っていた新党大地・真民主代表の鈴木宗男前衆院議員と会談し、鈴木氏からも、森氏の派遣について強いお墨付きをもらったようだ。

 森氏は、プーチンとはファーストネームで呼び合う関係であり、もともとロシアに縁がある人物だ。森氏の父、森茂喜氏は石川県の旧根上町長時代に日ソ友好協会会長として1950年代からソ連(当時)との交流事業を進めた人物だった。茂喜氏は1989年に亡くなったが、根上町と姉妹都市を結んだシェレホフ市(イルクーツク州)に分骨された墓が2001年に造られ、プーチン大統領(当時)が森氏と共に、墓参りに行ったという。そして、森氏は、自身とプーチンとの個人的信頼関係が深まったことで、今の日本とロシアの距離は随分と近くなったと述べている(森喜朗ブログ「ウラジミールのこと(1月30日)」)。

 そして、まさにそのイルクーツクで、2001年3月に森・プーチン会談が行われた。「イルクーツク声明」で1956年の「日ソ共同宣言」(日ソ両国は引き続き平和条約締結交渉を行い、条約締結後にソ連は日本へ歯舞群島と色丹島を引き渡す)が北方領土返還交渉の基盤となることが合意されたのである。

経済協力を重視したいロシア

 だが、このイルクーツク会談は、それほど日本にとって楽観的要素にはならないことも肝に銘じておくべきだ。会談の際、日本側がさらに「2島ではなく、4島が欲しい」と主張したことに、プーチン氏は不快感を示し、「これはもう1956年の宣言ではなく。全てが再び出発点に戻った」と譲歩の可能性を強く否定したということもあったからである。

 野田首相は、森氏の訪問が、日ロ間の関係深化に重要かつ有益になると発言しているが、その発言の裏に、これまでの森氏の活動の経緯に鑑みても、北方領土問題の状況打開への希望があることは明らかだ。

 しかし、ロシア側は全くそのようには考えていないように見える。たとえば、ロシアの経済高等学院のアンドレイ・フェシュン氏は、「野田首相と同様に、森氏が重要な交渉役となることには同意しながらも、ロシアはかなり前から、ロシアはずいぶん前から経済協力と領土問題の解決を別に考えるよう呼びかけている。かつ、日本のエネルギー不足が日ロ関係を深化させる重要な要素となっている」ことを指摘しており(「The Voice of Russia」内記事)、そこからはロシアが領土問題はさておき、経済関係を深化させたい様子がありありと見て取れる。

 つまり、森氏が訪ロしても、ロシア側は経済問題に集中して議論しようとすることは明確だ。森氏は今年初めに、ロシアのセルゲイ・ラヴロフ外相とモスクワで会談しているが、その際にも、領土問題は議題には上がったものの、ロシアは経済関係の議論を進めることに執着していたようだ。

 実際、ロシアメディアが報じる日ロ関係の深化の内容は、経済的なファクターである傾向が極めて強い。最近では、ベトナムの原子力発電開発での日露の協力や、「ガスプロム」と日本の「伊藤忠」が、計画されているロシア産ガスを黒海から欧州へと輸送する「サウス ・ストリーム」パイプラインでの協力を検討しているというニュースが報じられている。そして、このような形での協力の積み上げこそが、日ロ関係の深化の前提であるということをロシア側は強調しているのである。

プーチン大統領 復帰後はまず中国へ

 他方、プーチン大統領は大統領就任直後の6月に訪中するという(その準備のため、ラブロフ外相も5月10日に訪中する)。中露と中央アジア4カ国で構成する「上海協力機構(SCO)」の首脳会議が6月6日~7日に北京で開かれるためである。

 前出の3月の拙稿にも書いたように、プーチンの外交のプライオリティは、欧米との関係よりも、アジア外交にあるといえる。そのため、プーチン氏はSCOの発展にも強い意欲を持っているはずであり、他方、SCO諸国からしても、プーチン氏登場の意義は大きいことから、このタイミングでSCO首脳会談が設定されたのは自然な流れともいえる。

 だが、やはり中国で開催されるということには注目をするべきだろう。概して、首脳が就任した時、最初、ないし、より早い時期の外国訪問先は、その大統領の外交方針を見るうえで大きな指針となる。すなわち、より早く訪問する国は、その大統領の外交方針におけるプライオリティが高い国であるといえる。つまり、ロシアのアジア戦略において、中国はライバルではありながらも、特に対米戦略を繰り広げるためには重要なパートナーであると考えられる。確かに、アメリカを意識するのであれば、日米同盟を保持している日本との協力はしづらいことも理解できる。

 これらのことから、プーチン氏が大統領に就任しても、日本人が望む領土問題解決に甘い期待は決しでできないこと、ロシア側は領土問題になるべく触れずに、経済関係を深化させていくことで日ロ関係を強化していきたいと考えていることを日本側は強く認識するべきだろう。プーチン劇場は、思いがけない展開を見せることがこれまで多々あった。日本はプーチン側の戦略にのせられることのないよう、常に冷静かつ柔軟に対ロ政策を構築していくべきだろう。特に、領土問題を解決していくためには、経済などの他の問題は切り離し、明確な交渉姿勢を日本の担当者が共有する形で、毅然とした態度を貫くことが肝要だと思われる。




プーチン大統領誕生で「はじめ!」、北方領土問題解決の好機を逃すな

 私は2012年2月まで、北海道納沙布岬にあるNPO法人「望郷の塔」の理事長をしていた。望郷の塔は、かつては「笹川記念平和の塔」という名称であった。この塔は高さ約90メートルで歯舞諸島を眼下に見渡せる。

 「望郷の塔」と名付けたのは、この塔が北方領土問題の啓発や返還にいささかの役割でも果たせるなら幸いだと考えたからだ。ところが、理事長に就任してから、7年余前に患った膀胱がんが再発し、今年に入って入院手術、術後治療と続いているため、理事長を退くことにした。

 理事長当時の2011年10月、根室市を訪れ市長や市議会議長、千島歯舞諸島居住者連盟の方々と懇談した。その際、「来年のロシア大統領選挙でプーチンが大統領に返り咲けば、北方領土返還の新たな局面が生まれると思う。野田政権に本気で取り組んでもらいたい」という趣旨の発言をしたが、それは関係者の共通の認識であったと思う。

 そして2012年3月4日に行われたロシア大統領選挙で、大方の予想通りプーチンが大統領に返り咲いた。

自分から北方領土問題に触れたプーチン

 大統領選挙直前の3月1日(日本時間2日未明)、プーチンが日本やヨーロッパの主要紙編集トップと会見した。ここでのプーチンと朝日新聞の若宮啓文主筆とのやり取りは、実に重要なものであった。

 若宮氏が、プーチンが2月27日に発表した外交論文で中国には何度も言及しているにもかかわらず日本には触れていないことを指摘し、「日本のことは忘れてしまったのか」と質問したのに対し、プーチンは次のように回答したのである。

 「日本のことを忘れられるわけがない。人生を通じ、意識的に柔道に取り組んできた。私の家には嘉納治五郎の像があり、毎日見ている。あなたは礼儀正しく振る舞った。領土問題の質問から始めなかった。もし私の方からこの問題に言及しなければ、私の方が失礼にあたるだろう。我々は日本との領土問題を最終的に解決したいと強く思っている」

 このあと、若宮氏の「日本は1956年の日ソ共同宣言(注1)に書かれた2島だけでは不十分だと繰り返してきた。大統領に復帰したら、大胆な一歩を踏み出せるか」との質問に、プーチンは、「柔道家には大胆な一歩が必要だが、勝つためではなく、負けないためだ。我々は、勝利を手にしなければならないわけではない。必要なのは受け入れ可能な妥協だ。いわば『(日本語で)引き分け』のようなものだ」と回答。

 さらに若宮氏が、「あなたは『引き分け』と言うが、それには2島では不十分だ」と質問したのに対して、プーチンは、「では私が大統領になったら、日本の外務省とロシアの外務省を向かい合わせにして、「(日本語で)『始め』の号令をかけよう」と答えた。

 このプーチン発言に対して、北方領土返還への機会を開いたものとして評価する見方と、したたかなプーチンにうかうか乗るとロシアを利するだけだという懐疑論の両方がある。

 もちろん領土返還の帰趨は、交渉の結果次第である。しかし、重要なのは、プーチンが自分の方から北方領土問題の最終的な解決を強く望んでいるということであり、そのための日ロ協議まで呼びかけたのである。これは同氏が領土問題解決に並々ならぬ意欲を持っているということだ。

 2010年11月、日本で行われたAPEC首脳会議に参加するため訪日したメドベージェフ大統領に、菅直人首相が「北方4島の帰属問題を解決し、平和条約を締結したい」と述べたのに対し、同大統領は回答さえ拒否したという。つまり協議さえしないという姿勢だった。

 これと比べれば、プーチン発言がいかに大きな変化であるかは明瞭である。

日ソ共同宣言の有効性を確認した「イルクーツク声明」

 私が、プーチンが大統領に返り咲けば、「北方領土返還の新たな局面が生まれる」と考えたのは、プーチンが2001年3月の「イルクーツク声明」の当事者だからだ。日本側は森喜朗首相だった。

 イルクーツク声明は、次のことを明記していた。

  • 1956年の日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言が、両国間の外交関係の回復後の平和条約締結に関する交渉プロセスの出発点を設定した基本的な法的文書であることを確認した。

  • その上で、1993年の日露関係に関する東京宣言に基づき、択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島の帰属に関する問題を解決することにより、平和条約を締結し、もって両国間の関係を完全に正常化するため、今後の交渉を促進することで合意した。



 同声明は、日ロ間の首脳が合意した文書で歴史上初めて、歯舞、色丹の引き渡しを明記した1956年の日ソ共同宣言の有効性を確認したものである。

 さらには、同声明は択捉、国後、色丹、歯舞の4島の帰属問題を解決して平和条約を締結するとしているが、56年宣言を別記することによって、歯舞、色丹には国後、択捉と別の位置づけを与えているのである。

 これが当時森首相の提案した「車の両輪方式」であった。つまり、国後、択捉の2島の帰属問題と、56年宣言で引き渡しを明記している歯舞諸島、色丹島の引き渡しの方法や条件を、「車の両輪」のように同時並行的に協議しようということである。

「日ロの問題はスターリン主義の残滓」

 1993年10月、来日したエリツィン大統領と細川護熙首相との間でまとめられた「東京宣言」も重要な日ロ間の合意文書である。

 同宣言は、両国間の領土問題が択捉、国後、色丹、歯舞の4島の帰属問題であることを明記した上で、「法と正義の原則」で解決していくことを確認している。

 ただし、橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗という3代の首相らの特命を受けてロシアとの北方領土返還交渉にあたってきた鈴木宗男氏(現在は新党大地・真民主代表)が指摘するように、「日本の立場から言えば、歯舞、色丹の帰属の問題は56年共同宣言で確認済みである。平和条約ができれば歯舞、色丹の2島は日本領になることが決まっているのに、それをあたかもまだ決まっていないという話にしている」という弱点があった。

 一方で同宣言は、前文で「全体主義の遺産」という言葉を使い、本文では「両国関係における困難な過去の遺産は克服されなければならないとの認識を共有」することが確認されている。

 これは、この会談でエリツィン大統領が、「日ロの問題はスターリン主義の残滓(ざんし)」と発言したことを踏まえたものだと言われている。

森元首相に特使を要請したのは賢明な判断

 話を元に戻す。プーチン氏が大統領に返り咲き、しかも自ら北方領土問題を「引き分け」「始め」という柔道の言葉、日本語を使ってその解決に意欲を示したのだから、野田政権も本気で解決に取り組む動きを開始しなければならない。

 野田佳彦首相自身、プーチンが当選後、ただちにお祝いの電話をしている。旧ソ連諸国を除けばお祝い電話をしたのは野田首相が初めてだという。

 野田首相は、電話の冒頭で「始め」と声をかけ、プーチンを大いに笑わせたそうだ。それはともかく「英知をもってプーチン首相と北方領土問題の解決に取り組みたい」と述べたそうだが、機敏な対応であった。

 領土問題の解決は、政党間でその成果を争うようなものではない。まさに国益がかかった問題である。だとすれば5月7日のプーチン大統領の就任式に向けて、ただ祝意を表明するだけではなく、イルクーツク声明の日本側の当事者である自民党の森喜朗元首相に協力を要請し、大いに働いてもらうべきだ。鈴木宗男氏は言うまでもない。

 実は、ここまでの原稿を4月24日に書いていた。25日は、膀胱がんの治療で築地の国立がんセンター中央病院に通院する日だった。治療後、鈴木宗男氏に用件があったので電話をすると「これから野田首相に会うので、その後にしてほしい」という。

 時間を調整して鈴木氏に会ったのだが、私が指摘するまでもなく、すでに官邸は動いていた。鈴木氏が野田首相に会ったのは、森元首相に首相の親書を託す特使をお願いするためだった。

 4月26日付の朝日新聞によると、官邸は鳩山由紀夫元首相を特使にすることも検討したそうだ。56年宣言の日本側当事者は鳩山由紀夫の祖父鳩山一郎だったのだから無関係ではないが、もしそんな人選をすれば、それだけでも北方領土問題への真剣度を疑われたことだろう。あえて野党の森元首相に特使を要請したのは、賢明な判断だった。

 朝日の同記事は「森氏は消費増税に賛成しており、首相には消費増税法案の採決に向け、森氏の協力を得る狙いもあるようだ」としている。

 そうだろうか。「二兎を追うものは一兎も得ず」と言う。そんなことは野田首相も分かっている。そんなことを言えば、鈴木氏は消費増税には反対しているはずだ。なんでも政局に結び付けるような、浅薄な見方は止めるべきだ。

 5月7日はプーチンの大統領就任式である。北方領土返還交渉に今後どのような動きがあるのか、大いに注目したい。

(注)1956年の日ソ共同宣言・・・日ソ平和条約が締結された後にソ連が歯舞群島と色丹島を日本に引き渡すことが合意された。だが、日ソ平和条約はいまだに締結されていない。
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