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【流石日経w】 柔道はなぜ期待はずれに終わったか 【腐れ亡国を書かせれば超一流w】

2012年08月05日 20:23

もうね、昨今駄Blogの更新滞ってネットテロリストK君は勿論、丁稚君にまで『働きましょうよ』とイワれる始末のヲレですがね、どいつもこいつも手前の事しか考えねぇ‥否、手前の事すら目先のナンパぐれぇしか考えねぇ糞馬鹿家畜人ヤプー腐れ愚民だらけの似非国家日本で流れるネタ如きぢゃイチイチ駄Blogする気ィすら無くなったのだがイケねぇのかよ(逆ギレw)

そんな日々ナンパぐれぇしか考えねぇ腐れなおめえら昨今の関心事は何故かマスゴミは提灯程度すら報じない蛆虫南朝鮮による“日刊五輪韓流”、つまり‥チョリンピックってぇのが如何にも似非国家日本らしいお話だが、今日はそんな蛆虫ネタでは無い五輪ネタをダラダラ書くよ。


柔道はなぜ期待はずれに終わったか

 銀メダルを取ったとはいえ、女子78キロ超級の杉本美香(コマツ)は今大会の日本勢を象徴するような戦いぶりだった。決勝戦も勝てない相手ではなかった。

 なのに、攻めずして負けたというか、フラストレーションがたまる試合だった。これまでにも指摘したように、事前に試合に出場しすぎたことなどの調整の失敗があったのだろう。

■昔は強い選手と思ってくれたが…

 ただ、女子は持てる力を引き出せなかっただけで、まだまだいける。問題は史上初めて金メダルを取れなかった男子だ。

 選手層が薄く、体操でいえばそもそもの持ち点が足りない選手が代表になっている。だから、力を出し切ってもメダルに届かない。史上初めて金メダルを取れなかったことも悪い前例になるだろう。負けることに慣れてしまうと、立て直すのは大変だ。

 これまでは日の丸を付けていると、審判も対戦相手も強い選手だと思ってくれた。それは格闘技では非常に大きい部分だったのに、そうした“アドバンテージ”も小さくなっていくのだろう。

■低迷にはそれなりの理由

 男子の低迷にはそれなりの理由がある。まず、男子は女子よりも身体能力の差が如実に結果に出るのに、日本は体力をつけるための練習が少ないことだ。

 男子は野球やサッカーというプロの人気スポーツがあり、他競技との子どもの奪い合いが激しいことも一因だ。いずれにせよ、1年や2年では好転しない問題である。

 もちろん、個々の選手はコーチの言う通りに精いっぱいやったと思う。ただ、そのコーチをはじめ、強化策には問題が多かったのではないか。

 たとえば「一本を取る柔道」を掲げながらも、そのための強化はしていなかった。技を練り、切れ味を増すためには、むやみに試合に出るのではなく、じっくり練習する時間が必要。試合に出れば出るほど技の切れ味は鈍り、相手に研究されることもあって、逆に一本は取りにくくなる。

 世界ランキング制の導入など環境の変化はあったにせよ、目指すものと実際の施策に矛盾があった。今回のコーチ陣には、何がいけなかったのかということをしっかりと振り返って明らかにしてもらいたい。

■コーチをどう選ぶか

 コーチの選び方も考え直した方がいいのではないか。今は代表合宿や試合で選手を1年のうち半年近く拘束する。ならば代表のコーチは現役時代の成績より、選手を育てた実績を重視して選ぶべきではないか。陸上のマラソンなどのように、個々の選手の指導は所属チームのコーチに任せる手もある。

 海外ではロシアの姿勢はヒントになる。金メダルゼロに終わった北京五輪後、初めての外国人コーチとなるイタリア人と契約。今回のロンドンでは男子が金メダル3個と成果をあげた。

 日本が外国人ヘッドコーチを呼ぶのはハードルが高いが、強い国から学ぶことは必要だ。

 ロシアの他にも、カザフスタン、ウズベキスタンなどの中央アジア勢が非常に力をつけている。高度経済成長期の日本もそうだったが、発展している国は格闘技のように荒々しいスポーツの人気が高いことがその背景にあるのだろう。

■欧州以外の国も強く

 女子は4年後にリオデジャネイロで五輪を開くブラジル勢の活躍が光った。4年後を見越した強化が実り始めている。モンゴルも強くなっている。日本はこれまでフランスなどの欧州にばかり目を向けてきた。合宿も欧州に行くことが多かったが、これからは欧州以外の強い国に行くことも大事になる。

 他競技では、日本の水泳の選手選考は参考になる。水泳は国内のトップ選手でも、厳しい派遣標準記録を突破できないと五輪に出られない。今回の日本が日本選手権を勝てない選手でも連れてきているのとは対照的だ。

 日本代表として五輪や世界選手権に出ていると、自分は強いんだと勘違いしてしまう選手も生まれてしまう。

 柔道界が「金メダルしか意味がない」というのなら、メダルが取れそうにもない選手は、こうした大会には出さずに国内で力をつけさせるくらい厳しくしてもいい。

■強くないことを認識するところから

 今回のような結果では、スポンサーやテレビ局も徐々に日本の柔道から離れていってしまうだろう。国際柔道連盟の中での日本の発言力もさらに弱くなる。だから、畳の外での存在感が乏しかったことも残念だった。

 主審の判定に審判委員(ジュリー)が介入する問題で、日本として正式に意見を発表しなかった。問題があったときにしっかりと発言してこそ、一目置かれる。

 今回の結果につながる前兆は何年も前からあったのに、日本の柔道界は「今回がうまくいかなかっただけ」といって、受け入れてこなかった。

 だが、ロンドンの結果で、今の日本柔道界が大きな問題を抱えていることは、誰が見ても明らかになった。日本はもう強くないということを、柔道界全体で認識するところからスタートするしかない。



“柔道はなぜ期待はずれに終わったか”‥の“期待”とは何か?と言う視点一つでこのお題の答えは如何様にも変わるのだろう、曰く“メダルの色や数”ならこの記事の如くの“技術論”や国際舞台に於ける柔道御本家日本の立ち位置、つまり“政治論”と言う事で良いのだろうと一瞬思わされるのである、しかし果たして“その程度”の問題なのだろうか?

実はこのお題を取り挙げたまでは日経GJと言うべきなのだが、ソコは国を売る日経なのでこの種の上っ面な提灯記事で終わっちゃったりして、そんなのをありがたがって読んぢゃったりした挙句に『漏れ(私)キャリアかこいいw』と勘違いも甚だしい糞馬鹿相手のシノギが罷り通るのだから似非国家日本って本当にお花畑で幸せな連中で構成されてるのだと思うのよw、仮に“指導力豊富なコーチ”の元で“才能溢れる選手”を強化訓練しても現状似非国家日本が“メダルラッシュ糞ワロタw”と言う事には絶対ならないとヲレは断言する、何故なら如何に器が豪華絢爛だろうが中身無しでは文字通り軽くてお話にならんからだ。


JOG-mel No.760 山下泰裕 ~ 柔の道の人作り


山下は全日本柔道チームの監督として「最強の選手」ではなく、「最高の選手」を育成しようと心がけた。

■1.右足の激痛

 1980(昭和55)年8月、ロサンゼルス・オリンピックの柔道無差別級で金メダルをめざす山下泰裕は順調なスタートを切った。セネガルのコーリー選手を27秒で仕留めた。

 しかし、続く2回戦、西ドイツのシュナーベル戦で大きな試練が待ち受けていた。腰の引けている相手に体を寄せ、内股をしかけようとした瞬間に、右ふくらはぎが肉離れを起こしたのだ。

 試合は続いている。山下は平静を装ったまま、シュナーベルが背負い投げにきたところを潰してのしかかり、送り襟絞めで「参った」をさせた。

 試合後の礼をするため、畳に足をつけるだけで激痛が走った。礼の後、何事もなかったように歩くよう努めたが、歩き方の異常に気がついた会場がどよめいていた。


■2.絶体絶命のピンチ

 続く準決勝の対戦相手はフランスのデルコロンボだった。今までの対戦ではすべて一本勝ちを収めている。デルコロンボは負傷した右足を狙った大外刈りを仕掛けてきたが、負傷のために反射的に引くことができず、まともに刈られて後ろ向きに倒されてしまった。

「効果」 倒れる寸前に体をうまく捻ったため、畳に背中はつかなかったので、一本負けは避けられたが、「あのヤマシタが、外国人との試合で初めてポイントを奪われた」と、観客席からどよめきが起こった。

「もしかしたら、俺はここで負けるのではないか」と絶体絶命のピンチに不安と弱気が脳裏をかすめる。しかし、それを消すように自分を奮い立たせた。

__________
 俺は、無様な試合をするためにここに来たんじゃない。金メダルを取るために来たんだ。そのための努力はすべてやり尽くしてここに立っているんだ。この程度のけがで負けてたまるか。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 強気をとりもどして、大外刈りを仕掛ける。相手が左足を引いて、わずかに右足に重心が乗ったのを見て取ると、反射的にその右足をめがけて大内刈りを放った。デルコロンボが畳にころがった。「技あり」

 そのまま横四方固めで抑え込み、合わせ技で一本勝ち。勝つには勝ったが、右足の状態はさらに悪化した。


■3.国民の熱狂

 決勝戦の相手は、エジプトの巨漢ラシュワンだった。身長192センチ、体重140キロ。山下よりも二回りも大きい。決勝までの試合をすべて一本勝ちで勝ち上がってきた。山下は戦う覚悟は決まっていたが、いつもなら必ず浮かぶ勝利のイメージがまったく湧いてこない。

 試合が始まると、二人は畳の中央でがっちりと組み合った。先に仕掛けてきたのはラシュワンだった。けがをした右足を攻めてきたので、とっさに引いてかわすと、すかさず左足に狙いを変えて払い腰に来た。

 そこから数秒間は記憶がないが、気づいた時にはラシュワンを抑え込んでいた。横四方固めで、主審が抑え込みのコールを発し、試合開始後1分5秒で、長いブザーが鳴り響いた。「1本」

 後でビデオを確認すると、山下は左足を開いてラシュワンの払い腰をかわすと同時に、本来の軸足ではない左足を軸にして、ラシュワンを投げていた。これまでの柔道人生では、考えたこともない動きだった。「無の境地」だったのかも知れない。

 帰国すると、日本中が熱狂していた。金メダル確実と思われていた山下が試合中に大きな怪我をして、はじめて外国人選手に投げられたのだ。それを乗り越えての金メダルだった。

 怪我をしなかったら、何の波乱もなく金メダルをとり、「山下? ああ強かったね。でも、まあ当然じゃない」という反応で、すぐに忘れ去られていたろう。

 山下の生涯戦績は559戦528勝16敗15引き分け。世界選手権3連覇、連勝記録203。対外国人選手無敗という輝かしいものだが、その記録よりも、この最大のピンチを乗り越えての金メダルは、人々の心に残るものとなった。


■4.柔道家としての誇り、アラブ人としての誇り

 後日、ラシュワンはユネスコ(国際連合教育科学文化機関)からフェアプレー賞を受賞した。

 ラシュワンは、試合開始早々、山下の右足を狙った払い腰を仕掛けてきたが、それは「ヤマシタに右足を警戒させておいて、反対側の左足を狙う作戦でした」と、あるテレビ番組で解説した。

 怪我をした相手につけ込もうとすれば、すぐに勝負には出ず、前後左右に激しく引きずり回せば、ダメージは一層大きくなる。ラシュワンは、そうした卑怯な方法を選択しなかった。

 その一方で、怪我をした右足をあえて狙わないという「情け」をかけることもしなかった。怪我に関係なく、正々堂々と勝負を挑んできたところに、ラシュワンのフェアプレーがあった。

 後日、ラシュワンは山下と対談した時に、こう語っている。

__________
 エジプト柔道連盟の会長が、ヤマシタのけがをした右足を攻撃しろと言ったのです。私はこう言いました。それはできません。私には柔道家としての誇りも、アラブ人としての誇りもありますから。[1,p85]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 柔道家の誇りがアラブ人の誇りと一致するところに、柔道精神の国際性があると言えよう。


■5.柔道の目的は人作り

 昭和60(1985)年9月15日、現役引退会見の3ヶ月後、山下は千葉県にある嘉納治五郎師範の墓前で手を合わせた。

 嘉納治五郎は講道館柔道の創始者であり、「柔道の父」、さらにスポーツ・教育分野の発展に力を尽くしたので「日本の体育の父」とも呼ばれている。

 嘉納治五郎は、柔道で3つの目的を掲げた。[1,p127]

勝負法:実際の試合で勝つこと、悪漢から身を守る護身術
体育法:運動能力を高め、健全な肉体を作ること
修身法:社会に適合し、社会にとって有益な人物になるための方法

 すなわち、柔道を通して心身を磨き高め、それによって世に補益する人材を輩出する事を目的とした。

「伝統とは形を継承することを言わず。伝統とは、その魂を、その精神を継承することを言う」とは山下の好きな言葉だ。山下は嘉納治五郎の教育者としての魂、精神を継ごうとしたのだ。


■6.「最強の選手」ではなく「最高の選手」を育成しよう

 平成8(1996)年のアトランタ五輪から平成12(2000)年のシドニー五輪まで、山下は8年間、全日本柔道チームの監督を務めた。そこでは嘉納治五郎の提唱した精神に則り、「最強の選手」ではなく、「最高の選手」を育成しようと心がけた。

 たとえば、アトランタ、シドニー、さらにアテネと60キロ級で柔道史上初の金メダル三連覇を成し遂げた野村忠宏。天才肌というイメージで伝えられることが多いが、金メダルを取った翌日、心身ともに疲れ切ってるにもかかわらず、これから試合に臨む選手の付き人を自ら買って出た。

 その選手は試合には敗れてしまったが、彼の柔道着を慈しむようにたたんでいた野村選手の姿が頭に焼き付いて離れない、と山下は言う。

 シドニー81キロ級の金メダリスト瀧本誠は、当時はまだ珍しかった茶髪で「柔道界の異端児」とも言われていたが、全日本柔道チームの合宿中、まだ誰も起き出していない早朝、乱雑に脱ぎ散らかされていたトイレのスリッパを丁寧に揃えていた。

 その場面をたまたま見かけた山下が後で礼を言うと、照れくさそうな顔を浮かべてぶっきらぼうに立ち去っていったという。

 シドニー100キロ超級の決勝戦で「世紀の大誤審」により銀メダルに終わった篠原信一。オリンピック後、国際柔道連盟理事会がビデオ分析により、誤審と認めたが、規定により、試合場から審判が離れた後だったので、判定は覆らなかった。

 しかし、篠原は「自分が弱いから負けた」としか言明せず、潔く引き下がった。

 これらの選手たちは、まさに「最高の選手」たちであった。


■7.「柔道は本当に人づくりをしていると言えるのか?」

 こうした立派な柔道家が育っている一方で、当時の日本柔道界全体のマナーやモラルは末期的症状を呈していた。

 平成13(2001)年夏、山下は郷里・熊本県で開かれたインターハイ(全国高等学校総合体育大会)を視察した。郷里の先輩が柔道競技の実行委員長を務めていたが、山下の顔を見て、目に涙を浮かべ、声を震わせながら訴えた。

「なあ泰裕、柔道は人づくりのスポーツなのか? 本当に人づくりをしていると言えるのか?」

 先輩のただならぬ表情に、「何があったんですか?」と尋ねると、インターハイの会場を訪れる柔道関係者は選手、コーチ、監督、役員から応援の観客に至るまで、平然とした顔でルールを破るという。
 試合会場や控え室の汚れ方もひどかったそうだ。数日前に同じ会場を使用したハンドボールでは、そんな事はなかったという。また地元ボランティアの人々からも、たった一日だけで「柔道は何という団体なんだ。二度と来てほしくない」と不評を買っていた。

 山下は、全日本柔道連盟の幹部に訴えた。「日本の柔道界は、こんなありさまでいいのでしょうか。この現状は、柔道の創始者嘉納治五郎師範が目指したものとは違うのではないでしょうか」


■8.「柔道をやっている人はどこか違うと感じてもらえれば」

 柔道界はなぜこれほど乱れてしまったのだろう、と山下は考えた。
__________
 国際的なスポーツとして柔道が盛んになればなるほど、日本人が勝つのは難しくなる。当然とも言える結果だが、国民の期待はさらに高まるばかりだった。

期待が過度の重圧となり、選手も指導者も金メダルを取ることしか頭になくなる。日本柔道では、勝負に関係ないことが軽視されるようになってしまった。

 結果は大事である。私も勝負にこだわってきた人間だからよくわかる。

 だが、ずっと先になって出る結果もあることを忘れてはならない。柔道人に魅力がなければ、優れた人材は集まらない。目先の金メダルばかりに拘泥していると、10年後の金メダルを手にすることが危うくなることに気がつかねばならない。[1,p133]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「柔道を通した人づくり、人間教育」を目指して、「柔道ルネッサンス」の活動が始まり、山下はその中で、「人づくり・キャンペーン」委員会の委員長として活動を始めた。

__________
「子どもたちや母親からすれば、おそらく野球やサッカーのほうが格好良く見えるだろう。しかし、柔道をやっている人はどこか違うと感じてもらえれば、わが子にもそうなってほしいと願う母親も増えていくのではないか。

世の中の母親がわが子に柔道をさせたいと思ってくれるような柔道界になり、それによって子どもたちが柔道を始めてくれれば、この上なく幸せなことだと思う。[1,p135]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

■9.武道を通じて日本の心を学ぶ

 本年4月から、中学校の体育の授業で、武道・ダンスが必修となった。武道では、柔道、剣道、相撲のなかから学校で一種目を選択して教える。山下はその目的をこう説く。

__________
 武道必修化の目的は、つまるところ武道を教えることではない。武道はあくまでも切り口にすぎず、柔道や剣道や相撲を教材として日本の文化や日本の心を学ぶことだということを忘れてはいけない。[1,p184]
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 たとえば、柔道では試合の前後に座礼を行う。

__________
 柔道では戦う相手を敵とは考えない。柔道で最も大切なのは、戦った相手を尊敬することである。相手がいるからこそ自分を磨き高めることができる。この気持ちを表しているのが日本式のお辞儀である。[1,p182]
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 ロンドン・オリンピックでは男子は史上初の金メダルゼロとなった。しかし、応援する国民も「金メダルをとらなければ意味がない」というのではなく「柔道家として尊敬できる戦いぶりを見せてくれたのか」という視点をもつべきだろう。

 そして母親たちが「子どもをあんな人に育てたい」と思うようになれば、柔道界の将来も、そしてそれを通じてわが国の未来も開けていくだろう。

(文責:伊勢雅臣)

1. 山下泰裕『背負い続ける力』★★★、新潮新書、H24
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4106104636/japanontheg01-22/
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所謂“憂国さん”の論であり、魑魅魍魎跋扈の国際社会で“日本の精神論”一発でシノギが罷り通るなんてヲレは思わないが、今日のお題についてこの論は売国扇動機関日経如きとは桁違いな位に今後日本の在り方を柔道に限らず思考するに十分必須な事を提言していると思う、それは何か?

先にも書いたが表面だけ豪華絢爛でも中身無しでは何ら“重み”が無い、そして“重み”無き者の言う事成す事に他者が耳を貸すのだろうか?おめぇなら、ど~なんだよ?って事なんですよ、前回のエントリーでヲレは修身教育の復活を論じたのだが、今日も結果全く同じ事を書いてるに過ぎないのだろう、しかしコレは日本が日本で在る為に絶対対峙し解決すべき事だとヲレは思うのである。

大東亜後のGHQ洗脳政策による“誤った上に行き過ぎた権利主義”がこの種の問題の根底にあるのはもはや如何に日経の如く扇動機関が提灯記事を大盤振る舞いしても隠し通せなくなった、滋賀県大津市の中学生自殺教唆“事件”や今日のお題である五輪の成績不振問題‥この根底に対し真剣に解決を見出すなら“正しい公徳心、つまり正しい個と公の在り方の教育”の強化が絶対不可避である、その為には前エントリーで書いた“修身”に基づく“平成版教育勅語”の復活は欠かせない。

仮に“勅語”と示しているが、当然現代日本は君主制では無く議会民主主義制の政治体制下の国家なので“教育要綱”とするべきだろうが、その程度の“変更”すらGHQが日経みてぇな売国扇動機関に散々『大東亜敗戦までの日本の全てが悪』と言う洗脳政策の成れの果てによる“偏向”思想により阻まれ続けているのである、しかも始末に負えない事に昨今ネットメディアとやらの“活躍”により、斯様な状況が“改善”されつつあると馬鹿も甚だしい勘違いをしでかし恥曝し的に“コレが憂国w”と喧伝する似非憂国跋扈となってしまってるのだから困りモンである、右wは勘違い似非憂国、左wも勘違いお花畑‥コレで日本が真なる自主独立国家となる日が来るとは到底思えないと改めて思わされた糞日経記事ワロタw‥って辺りで今日の駄Blog終わりw。





オマケ:ど~せ嘘八百公開するなら‥
淫売卒業する前田敦子の
流出版無修正AVを流せw

‥あったく気が利かねぇよなぁ、国税搾取して垂れ流すのがオヤジの悲鳴ビデオ、しかも“公開”と言いつつ報道機関に二次使用させぬ為に録音録画却下とか、そもそも“編集済”とか、世間様ナメるのもいい加減にしろよ日本国民殺人並びに日本国亡国犯罪企業東京電力様よぉw、社員寮燃やされた程度ぢゃ“ドM趣味w”が満たされてねぇみてぇだなぁ‥この馬鹿に自分の立場を思い知らす方法は社員及びその家族全員年齢無関係で♂は福一で防護服抜き(経費節約w)線量計無(東電伝統芸w)で瓦礫運び始め土建作業、♀は不妊措置の上で国内外で肉便器労働をさせ利益を全額国庫へ戻す‥と言う特別措置法制定でもするぐれぇしか無ェんだろうなぁw。
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