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ど~もヤル気が湧かんのである。

2012年08月06日 21:45

今日だって殺人電力ネタだの谷垣が嘘八百のキレっぷりを見せただの、そんな谷垣の体たらくに米ポチ小泉が吼えて石原のボンに活入れしただの、これでもかと言わんばかりにど~でも良いネタばかりの日本だから、駄Blogを書くには困らん筈なのに昨今サボり気味なのは、“奪還!”から“福一”まで日本が“国家”たらんとする重要案件について全力を出し切っても糞馬鹿家畜人ヤプー愚民の君達には馬耳東風と言う結果に疲れ切ってしまうと言う所謂アレ‥

真っ白になっちゃっテラワロス症候群

‥が再発してしまったのであるw、“奪還!”の時は一時気を取り直してとかネットテロリストKの激励wだのあってチョロチョロ書いた事はあったが年単位でサボったから今回だってど~なるかワカラン今日この頃の駄Blogは手抜きのネタ連発方式で読んでよw。



ザ・シミュレーション生活保護2030

中々の良文である。

細かい所はさておき、結果“これまで以上に民衆負担と不満は増加”する一方で“貴族階級”は何ら痛みを背負う事が無いと言う昨今目立ち始めた日本の病巣を見事シュミレートしているなぁと感心したのである。

『でも、それって昔の生活保護制度と何が違うの?』と言う言葉で締め括るこのシュミレーションの示す所は、日本と言う国家は似非国家以前の問題として似非民主主義国家で実態は社会主義国家(官僚主義国家)なので、常に利権と権力を握る階級の都合の良い方向には『Change!』するが、貴族階級にとって都合の悪い方向には決して『改革』されないと言う現実、そしてその根源には必ず『Yes!We!Can!!』とマスゴミ扇動報道一発で騙される愚かな民衆の姿がある、まさに衆愚政治と言う事だ。

ちなみにヲレは常々『耳障りの良い事や綺麗賛美な事は疑え』と書き続けてるつもりだが、“奪還!”にしろ“福一”にしろ、貴族階級にとって都合が悪いので本来国是として実践すべき事“だけ”は有耶無耶になり、本来国是として実践してはならぬ事“だけ”は着実に実践され、結果として民衆は主権者でありながら自分の首に絞首の縄を巻いてる事に気付かぬのか面倒だから怠惰にやり過ごすだけなのか、何れにしても民主主義国民なら結果責任は自分が“背負うべき”と言う民主主義の限界と現実を示したこのシュミレーションを“極端な仮定”とするも良いだろうが、その前にこのネタの発端となった官僚の犬たるマスゴミが神輿にした嘘泣きババァの正体を再確認すべきとだけ書いておこう。



ニッポン柔道をダメにした無責任体質!
これじゃリオ五輪も惨敗だ


最低の駄文である。

『内向きになった揚げ句、ガラパゴス化してしまった日本の柔道。今のままでは、リオの惨敗も必然だ。』と能書きを垂れる日本のマスゴミがこれまで日本社会に如何なる“影響”を与え“貢献”を果たしたかをイチイチ書くつもりは無いし、この話は前回及び前々回の後追いでもあるので以前に書いてない表現を追記するに留めたい。

大東亜敗戦後、米帝のオンリーさんと成り果て今やこんな駄文を日々世に垂れ流すマスゴミが“日本の精神たる修身”をことぐごとく“悪判定”し否定した結果としての結果と言うだけの話だが、馬鹿衆愚相手のシノギだから斯様な馬鹿記事を書かねばならんのだとしたら少しは糞馬鹿報道マスゴミに同情する余地はあるのかもしれない。

‥と言う与太はさておき、日本のマスゴミは反戦反核反日左翼同様のエゴイストなので“修身と言う日本精神の根幹の放棄の結果”と言う自分に都合が悪い事は決して表現しないのである、そりゃぁ超強硬的且つ無慈悲なまでに『頑固にスルー』と言うのが日本マスゴミの本能であり、伝統芸だからだ。

そして此度目出度くスケープゴートに“選出”されたのは篠原君と言う事らしいが彼も迷惑千万だろう、『そんなにメダルを日本に持ち帰りたければシノゴノ言って無いで手前でブン取って来い!』‥程度の事は言ってもいいと思うw。

自己責任を追求する者が自己責任から逃避する、その欺瞞こそが此度日本柔道不振の根源とヲレは断言するし、少なくとも現場で自分なりに奮起努力したであろう篠原君を被告人不在の人民裁判の如くコキ下ろす“だけ”の卑しい性根からの脱却無くして日本柔道復活無しとも断言しておく。

更にその“根源”の追求先は何もマスゴミだけに限らないと言う事も断言出来るし、篠原君始め日本柔道代表が精一杯奮闘したのであればそれで良い。

ソレが日本の“柔の道”とヲレは思う。



オスプレイ飛行「エンジョイ」
防衛相、茶番の試乗


馬鹿左翼、嘘八百の『確かな野党』、その他様々な表現がコイツ等には相応しいのだがソレはさておき、♂プレイだろうがラプターだろうが似非ライトニング2だろうがコイツ等にとって何がマズイのかと言うと、決して『飛行不安定で事故の懸念がある』事や『ハイコスト』とかでは無い、単純に米帝の“兵器”だからマズイのである。

そして何故米帝兵器ではマズイのかと言うと、ソレが“日本防衛”に関わる事では無く、共産勢力による日本侵略の障害以外の何物でも無いからである。

ついでに書けば昨今張り切ってる脱原発だって決して『原発事故で国民被害が出る懸念がある』からなんかでは無い、日本に核技術を保有発展させたくは無いからである。

そして何故日本に核技術を保有発展させたくは無いと言うと、ソレが“日本の核技術保有発展”に関わる事より、裏で核利権を貪る米帝からシノギのネタを奪いたい以外の何物でも無いからである。

別に共産党に限らぬが、大東亜後既存政治体制は全て国賊政党であると言う現実をいい加減理解した上で今後は国政選挙に赴かぬと現在の日本以上に始末に負えぬ状況になるのは目に見えてる。

‥と言うご大層な話はさておき率直な疑問として♂プレイは米帝軍の兵器なので当然米帝軍が好き勝手に運用して良い筈であるから、♂プレイを否定したければ簡単な話で日本から米帝軍はお引取り願うだけで良いし、当然こんな馬鹿三昧を言い出す連中の狙いは“取りあえずはソレ”であろう、しかし“本当に撤退”して困るのは果たして米帝従属オンリー日本の為政者や官僚だけだろうか?

日本は民主主義国家なんかでは無く“利権主義国家”であり、法治国家なんかでは無く“放置国家”であると言うのは福一のアレで馬鹿でも明白となった今日この頃だが、この一件で利権と言えば基地利権だが、ソレを貪るのは現地の自治体や財界だけでは無くて意外と知られていないが決してこんな糞馬鹿記事を掲載する連中は書かない事がある、エゴイスト伝統芸だからw。


それは“一坪ナントカ”なんて連中も困ると言う事と、ソイツ等から“みかじめ料”を徴収し斯様な記事を書く連中が実は一番困るのであるw。




マスゴミが垂れ流す上っ面の大本営報道から如何にして自らの人生を幸福に導く道標を見出すのか?メディアリテラシーなんて横文字に溺れてる体たらくな大東亜時代からミジンコの一歩程度すら進歩無き短絡思考はど~にかした方がイイと思う‥って辺りで今日の駄Blog終わり。
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【流石日経w】 柔道はなぜ期待はずれに終わったか 【腐れ亡国を書かせれば超一流w】

2012年08月05日 20:23

もうね、昨今駄Blogの更新滞ってネットテロリストK君は勿論、丁稚君にまで『働きましょうよ』とイワれる始末のヲレですがね、どいつもこいつも手前の事しか考えねぇ‥否、手前の事すら目先のナンパぐれぇしか考えねぇ糞馬鹿家畜人ヤプー腐れ愚民だらけの似非国家日本で流れるネタ如きぢゃイチイチ駄Blogする気ィすら無くなったのだがイケねぇのかよ(逆ギレw)

そんな日々ナンパぐれぇしか考えねぇ腐れなおめえら昨今の関心事は何故かマスゴミは提灯程度すら報じない蛆虫南朝鮮による“日刊五輪韓流”、つまり‥チョリンピックってぇのが如何にも似非国家日本らしいお話だが、今日はそんな蛆虫ネタでは無い五輪ネタをダラダラ書くよ。


柔道はなぜ期待はずれに終わったか

 銀メダルを取ったとはいえ、女子78キロ超級の杉本美香(コマツ)は今大会の日本勢を象徴するような戦いぶりだった。決勝戦も勝てない相手ではなかった。

 なのに、攻めずして負けたというか、フラストレーションがたまる試合だった。これまでにも指摘したように、事前に試合に出場しすぎたことなどの調整の失敗があったのだろう。

■昔は強い選手と思ってくれたが…

 ただ、女子は持てる力を引き出せなかっただけで、まだまだいける。問題は史上初めて金メダルを取れなかった男子だ。

 選手層が薄く、体操でいえばそもそもの持ち点が足りない選手が代表になっている。だから、力を出し切ってもメダルに届かない。史上初めて金メダルを取れなかったことも悪い前例になるだろう。負けることに慣れてしまうと、立て直すのは大変だ。

 これまでは日の丸を付けていると、審判も対戦相手も強い選手だと思ってくれた。それは格闘技では非常に大きい部分だったのに、そうした“アドバンテージ”も小さくなっていくのだろう。

■低迷にはそれなりの理由

 男子の低迷にはそれなりの理由がある。まず、男子は女子よりも身体能力の差が如実に結果に出るのに、日本は体力をつけるための練習が少ないことだ。

 男子は野球やサッカーというプロの人気スポーツがあり、他競技との子どもの奪い合いが激しいことも一因だ。いずれにせよ、1年や2年では好転しない問題である。

 もちろん、個々の選手はコーチの言う通りに精いっぱいやったと思う。ただ、そのコーチをはじめ、強化策には問題が多かったのではないか。

 たとえば「一本を取る柔道」を掲げながらも、そのための強化はしていなかった。技を練り、切れ味を増すためには、むやみに試合に出るのではなく、じっくり練習する時間が必要。試合に出れば出るほど技の切れ味は鈍り、相手に研究されることもあって、逆に一本は取りにくくなる。

 世界ランキング制の導入など環境の変化はあったにせよ、目指すものと実際の施策に矛盾があった。今回のコーチ陣には、何がいけなかったのかということをしっかりと振り返って明らかにしてもらいたい。

■コーチをどう選ぶか

 コーチの選び方も考え直した方がいいのではないか。今は代表合宿や試合で選手を1年のうち半年近く拘束する。ならば代表のコーチは現役時代の成績より、選手を育てた実績を重視して選ぶべきではないか。陸上のマラソンなどのように、個々の選手の指導は所属チームのコーチに任せる手もある。

 海外ではロシアの姿勢はヒントになる。金メダルゼロに終わった北京五輪後、初めての外国人コーチとなるイタリア人と契約。今回のロンドンでは男子が金メダル3個と成果をあげた。

 日本が外国人ヘッドコーチを呼ぶのはハードルが高いが、強い国から学ぶことは必要だ。

 ロシアの他にも、カザフスタン、ウズベキスタンなどの中央アジア勢が非常に力をつけている。高度経済成長期の日本もそうだったが、発展している国は格闘技のように荒々しいスポーツの人気が高いことがその背景にあるのだろう。

■欧州以外の国も強く

 女子は4年後にリオデジャネイロで五輪を開くブラジル勢の活躍が光った。4年後を見越した強化が実り始めている。モンゴルも強くなっている。日本はこれまでフランスなどの欧州にばかり目を向けてきた。合宿も欧州に行くことが多かったが、これからは欧州以外の強い国に行くことも大事になる。

 他競技では、日本の水泳の選手選考は参考になる。水泳は国内のトップ選手でも、厳しい派遣標準記録を突破できないと五輪に出られない。今回の日本が日本選手権を勝てない選手でも連れてきているのとは対照的だ。

 日本代表として五輪や世界選手権に出ていると、自分は強いんだと勘違いしてしまう選手も生まれてしまう。

 柔道界が「金メダルしか意味がない」というのなら、メダルが取れそうにもない選手は、こうした大会には出さずに国内で力をつけさせるくらい厳しくしてもいい。

■強くないことを認識するところから

 今回のような結果では、スポンサーやテレビ局も徐々に日本の柔道から離れていってしまうだろう。国際柔道連盟の中での日本の発言力もさらに弱くなる。だから、畳の外での存在感が乏しかったことも残念だった。

 主審の判定に審判委員(ジュリー)が介入する問題で、日本として正式に意見を発表しなかった。問題があったときにしっかりと発言してこそ、一目置かれる。

 今回の結果につながる前兆は何年も前からあったのに、日本の柔道界は「今回がうまくいかなかっただけ」といって、受け入れてこなかった。

 だが、ロンドンの結果で、今の日本柔道界が大きな問題を抱えていることは、誰が見ても明らかになった。日本はもう強くないということを、柔道界全体で認識するところからスタートするしかない。



“柔道はなぜ期待はずれに終わったか”‥の“期待”とは何か?と言う視点一つでこのお題の答えは如何様にも変わるのだろう、曰く“メダルの色や数”ならこの記事の如くの“技術論”や国際舞台に於ける柔道御本家日本の立ち位置、つまり“政治論”と言う事で良いのだろうと一瞬思わされるのである、しかし果たして“その程度”の問題なのだろうか?

実はこのお題を取り挙げたまでは日経GJと言うべきなのだが、ソコは国を売る日経なのでこの種の上っ面な提灯記事で終わっちゃったりして、そんなのをありがたがって読んぢゃったりした挙句に『漏れ(私)キャリアかこいいw』と勘違いも甚だしい糞馬鹿相手のシノギが罷り通るのだから似非国家日本って本当にお花畑で幸せな連中で構成されてるのだと思うのよw、仮に“指導力豊富なコーチ”の元で“才能溢れる選手”を強化訓練しても現状似非国家日本が“メダルラッシュ糞ワロタw”と言う事には絶対ならないとヲレは断言する、何故なら如何に器が豪華絢爛だろうが中身無しでは文字通り軽くてお話にならんからだ。


JOG-mel No.760 山下泰裕 ~ 柔の道の人作り


山下は全日本柔道チームの監督として「最強の選手」ではなく、「最高の選手」を育成しようと心がけた。

■1.右足の激痛

 1980(昭和55)年8月、ロサンゼルス・オリンピックの柔道無差別級で金メダルをめざす山下泰裕は順調なスタートを切った。セネガルのコーリー選手を27秒で仕留めた。

 しかし、続く2回戦、西ドイツのシュナーベル戦で大きな試練が待ち受けていた。腰の引けている相手に体を寄せ、内股をしかけようとした瞬間に、右ふくらはぎが肉離れを起こしたのだ。

 試合は続いている。山下は平静を装ったまま、シュナーベルが背負い投げにきたところを潰してのしかかり、送り襟絞めで「参った」をさせた。

 試合後の礼をするため、畳に足をつけるだけで激痛が走った。礼の後、何事もなかったように歩くよう努めたが、歩き方の異常に気がついた会場がどよめいていた。


■2.絶体絶命のピンチ

 続く準決勝の対戦相手はフランスのデルコロンボだった。今までの対戦ではすべて一本勝ちを収めている。デルコロンボは負傷した右足を狙った大外刈りを仕掛けてきたが、負傷のために反射的に引くことができず、まともに刈られて後ろ向きに倒されてしまった。

「効果」 倒れる寸前に体をうまく捻ったため、畳に背中はつかなかったので、一本負けは避けられたが、「あのヤマシタが、外国人との試合で初めてポイントを奪われた」と、観客席からどよめきが起こった。

「もしかしたら、俺はここで負けるのではないか」と絶体絶命のピンチに不安と弱気が脳裏をかすめる。しかし、それを消すように自分を奮い立たせた。

__________
 俺は、無様な試合をするためにここに来たんじゃない。金メダルを取るために来たんだ。そのための努力はすべてやり尽くしてここに立っているんだ。この程度のけがで負けてたまるか。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 強気をとりもどして、大外刈りを仕掛ける。相手が左足を引いて、わずかに右足に重心が乗ったのを見て取ると、反射的にその右足をめがけて大内刈りを放った。デルコロンボが畳にころがった。「技あり」

 そのまま横四方固めで抑え込み、合わせ技で一本勝ち。勝つには勝ったが、右足の状態はさらに悪化した。


■3.国民の熱狂

 決勝戦の相手は、エジプトの巨漢ラシュワンだった。身長192センチ、体重140キロ。山下よりも二回りも大きい。決勝までの試合をすべて一本勝ちで勝ち上がってきた。山下は戦う覚悟は決まっていたが、いつもなら必ず浮かぶ勝利のイメージがまったく湧いてこない。

 試合が始まると、二人は畳の中央でがっちりと組み合った。先に仕掛けてきたのはラシュワンだった。けがをした右足を攻めてきたので、とっさに引いてかわすと、すかさず左足に狙いを変えて払い腰に来た。

 そこから数秒間は記憶がないが、気づいた時にはラシュワンを抑え込んでいた。横四方固めで、主審が抑え込みのコールを発し、試合開始後1分5秒で、長いブザーが鳴り響いた。「1本」

 後でビデオを確認すると、山下は左足を開いてラシュワンの払い腰をかわすと同時に、本来の軸足ではない左足を軸にして、ラシュワンを投げていた。これまでの柔道人生では、考えたこともない動きだった。「無の境地」だったのかも知れない。

 帰国すると、日本中が熱狂していた。金メダル確実と思われていた山下が試合中に大きな怪我をして、はじめて外国人選手に投げられたのだ。それを乗り越えての金メダルだった。

 怪我をしなかったら、何の波乱もなく金メダルをとり、「山下? ああ強かったね。でも、まあ当然じゃない」という反応で、すぐに忘れ去られていたろう。

 山下の生涯戦績は559戦528勝16敗15引き分け。世界選手権3連覇、連勝記録203。対外国人選手無敗という輝かしいものだが、その記録よりも、この最大のピンチを乗り越えての金メダルは、人々の心に残るものとなった。


■4.柔道家としての誇り、アラブ人としての誇り

 後日、ラシュワンはユネスコ(国際連合教育科学文化機関)からフェアプレー賞を受賞した。

 ラシュワンは、試合開始早々、山下の右足を狙った払い腰を仕掛けてきたが、それは「ヤマシタに右足を警戒させておいて、反対側の左足を狙う作戦でした」と、あるテレビ番組で解説した。

 怪我をした相手につけ込もうとすれば、すぐに勝負には出ず、前後左右に激しく引きずり回せば、ダメージは一層大きくなる。ラシュワンは、そうした卑怯な方法を選択しなかった。

 その一方で、怪我をした右足をあえて狙わないという「情け」をかけることもしなかった。怪我に関係なく、正々堂々と勝負を挑んできたところに、ラシュワンのフェアプレーがあった。

 後日、ラシュワンは山下と対談した時に、こう語っている。

__________
 エジプト柔道連盟の会長が、ヤマシタのけがをした右足を攻撃しろと言ったのです。私はこう言いました。それはできません。私には柔道家としての誇りも、アラブ人としての誇りもありますから。[1,p85]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 柔道家の誇りがアラブ人の誇りと一致するところに、柔道精神の国際性があると言えよう。


■5.柔道の目的は人作り

 昭和60(1985)年9月15日、現役引退会見の3ヶ月後、山下は千葉県にある嘉納治五郎師範の墓前で手を合わせた。

 嘉納治五郎は講道館柔道の創始者であり、「柔道の父」、さらにスポーツ・教育分野の発展に力を尽くしたので「日本の体育の父」とも呼ばれている。

 嘉納治五郎は、柔道で3つの目的を掲げた。[1,p127]

勝負法:実際の試合で勝つこと、悪漢から身を守る護身術
体育法:運動能力を高め、健全な肉体を作ること
修身法:社会に適合し、社会にとって有益な人物になるための方法

 すなわち、柔道を通して心身を磨き高め、それによって世に補益する人材を輩出する事を目的とした。

「伝統とは形を継承することを言わず。伝統とは、その魂を、その精神を継承することを言う」とは山下の好きな言葉だ。山下は嘉納治五郎の教育者としての魂、精神を継ごうとしたのだ。


■6.「最強の選手」ではなく「最高の選手」を育成しよう

 平成8(1996)年のアトランタ五輪から平成12(2000)年のシドニー五輪まで、山下は8年間、全日本柔道チームの監督を務めた。そこでは嘉納治五郎の提唱した精神に則り、「最強の選手」ではなく、「最高の選手」を育成しようと心がけた。

 たとえば、アトランタ、シドニー、さらにアテネと60キロ級で柔道史上初の金メダル三連覇を成し遂げた野村忠宏。天才肌というイメージで伝えられることが多いが、金メダルを取った翌日、心身ともに疲れ切ってるにもかかわらず、これから試合に臨む選手の付き人を自ら買って出た。

 その選手は試合には敗れてしまったが、彼の柔道着を慈しむようにたたんでいた野村選手の姿が頭に焼き付いて離れない、と山下は言う。

 シドニー81キロ級の金メダリスト瀧本誠は、当時はまだ珍しかった茶髪で「柔道界の異端児」とも言われていたが、全日本柔道チームの合宿中、まだ誰も起き出していない早朝、乱雑に脱ぎ散らかされていたトイレのスリッパを丁寧に揃えていた。

 その場面をたまたま見かけた山下が後で礼を言うと、照れくさそうな顔を浮かべてぶっきらぼうに立ち去っていったという。

 シドニー100キロ超級の決勝戦で「世紀の大誤審」により銀メダルに終わった篠原信一。オリンピック後、国際柔道連盟理事会がビデオ分析により、誤審と認めたが、規定により、試合場から審判が離れた後だったので、判定は覆らなかった。

 しかし、篠原は「自分が弱いから負けた」としか言明せず、潔く引き下がった。

 これらの選手たちは、まさに「最高の選手」たちであった。


■7.「柔道は本当に人づくりをしていると言えるのか?」

 こうした立派な柔道家が育っている一方で、当時の日本柔道界全体のマナーやモラルは末期的症状を呈していた。

 平成13(2001)年夏、山下は郷里・熊本県で開かれたインターハイ(全国高等学校総合体育大会)を視察した。郷里の先輩が柔道競技の実行委員長を務めていたが、山下の顔を見て、目に涙を浮かべ、声を震わせながら訴えた。

「なあ泰裕、柔道は人づくりのスポーツなのか? 本当に人づくりをしていると言えるのか?」

 先輩のただならぬ表情に、「何があったんですか?」と尋ねると、インターハイの会場を訪れる柔道関係者は選手、コーチ、監督、役員から応援の観客に至るまで、平然とした顔でルールを破るという。
 試合会場や控え室の汚れ方もひどかったそうだ。数日前に同じ会場を使用したハンドボールでは、そんな事はなかったという。また地元ボランティアの人々からも、たった一日だけで「柔道は何という団体なんだ。二度と来てほしくない」と不評を買っていた。

 山下は、全日本柔道連盟の幹部に訴えた。「日本の柔道界は、こんなありさまでいいのでしょうか。この現状は、柔道の創始者嘉納治五郎師範が目指したものとは違うのではないでしょうか」


■8.「柔道をやっている人はどこか違うと感じてもらえれば」

 柔道界はなぜこれほど乱れてしまったのだろう、と山下は考えた。
__________
 国際的なスポーツとして柔道が盛んになればなるほど、日本人が勝つのは難しくなる。当然とも言える結果だが、国民の期待はさらに高まるばかりだった。

期待が過度の重圧となり、選手も指導者も金メダルを取ることしか頭になくなる。日本柔道では、勝負に関係ないことが軽視されるようになってしまった。

 結果は大事である。私も勝負にこだわってきた人間だからよくわかる。

 だが、ずっと先になって出る結果もあることを忘れてはならない。柔道人に魅力がなければ、優れた人材は集まらない。目先の金メダルばかりに拘泥していると、10年後の金メダルを手にすることが危うくなることに気がつかねばならない。[1,p133]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「柔道を通した人づくり、人間教育」を目指して、「柔道ルネッサンス」の活動が始まり、山下はその中で、「人づくり・キャンペーン」委員会の委員長として活動を始めた。

__________
「子どもたちや母親からすれば、おそらく野球やサッカーのほうが格好良く見えるだろう。しかし、柔道をやっている人はどこか違うと感じてもらえれば、わが子にもそうなってほしいと願う母親も増えていくのではないか。

世の中の母親がわが子に柔道をさせたいと思ってくれるような柔道界になり、それによって子どもたちが柔道を始めてくれれば、この上なく幸せなことだと思う。[1,p135]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

■9.武道を通じて日本の心を学ぶ

 本年4月から、中学校の体育の授業で、武道・ダンスが必修となった。武道では、柔道、剣道、相撲のなかから学校で一種目を選択して教える。山下はその目的をこう説く。

__________
 武道必修化の目的は、つまるところ武道を教えることではない。武道はあくまでも切り口にすぎず、柔道や剣道や相撲を教材として日本の文化や日本の心を学ぶことだということを忘れてはいけない。[1,p184]
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 たとえば、柔道では試合の前後に座礼を行う。

__________
 柔道では戦う相手を敵とは考えない。柔道で最も大切なのは、戦った相手を尊敬することである。相手がいるからこそ自分を磨き高めることができる。この気持ちを表しているのが日本式のお辞儀である。[1,p182]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ロンドン・オリンピックでは男子は史上初の金メダルゼロとなった。しかし、応援する国民も「金メダルをとらなければ意味がない」というのではなく「柔道家として尊敬できる戦いぶりを見せてくれたのか」という視点をもつべきだろう。

 そして母親たちが「子どもをあんな人に育てたい」と思うようになれば、柔道界の将来も、そしてそれを通じてわが国の未来も開けていくだろう。

(文責:伊勢雅臣)

1. 山下泰裕『背負い続ける力』★★★、新潮新書、H24
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4106104636/japanontheg01-22/
>



所謂“憂国さん”の論であり、魑魅魍魎跋扈の国際社会で“日本の精神論”一発でシノギが罷り通るなんてヲレは思わないが、今日のお題についてこの論は売国扇動機関日経如きとは桁違いな位に今後日本の在り方を柔道に限らず思考するに十分必須な事を提言していると思う、それは何か?

先にも書いたが表面だけ豪華絢爛でも中身無しでは何ら“重み”が無い、そして“重み”無き者の言う事成す事に他者が耳を貸すのだろうか?おめぇなら、ど~なんだよ?って事なんですよ、前回のエントリーでヲレは修身教育の復活を論じたのだが、今日も結果全く同じ事を書いてるに過ぎないのだろう、しかしコレは日本が日本で在る為に絶対対峙し解決すべき事だとヲレは思うのである。

大東亜後のGHQ洗脳政策による“誤った上に行き過ぎた権利主義”がこの種の問題の根底にあるのはもはや如何に日経の如く扇動機関が提灯記事を大盤振る舞いしても隠し通せなくなった、滋賀県大津市の中学生自殺教唆“事件”や今日のお題である五輪の成績不振問題‥この根底に対し真剣に解決を見出すなら“正しい公徳心、つまり正しい個と公の在り方の教育”の強化が絶対不可避である、その為には前エントリーで書いた“修身”に基づく“平成版教育勅語”の復活は欠かせない。

仮に“勅語”と示しているが、当然現代日本は君主制では無く議会民主主義制の政治体制下の国家なので“教育要綱”とするべきだろうが、その程度の“変更”すらGHQが日経みてぇな売国扇動機関に散々『大東亜敗戦までの日本の全てが悪』と言う洗脳政策の成れの果てによる“偏向”思想により阻まれ続けているのである、しかも始末に負えない事に昨今ネットメディアとやらの“活躍”により、斯様な状況が“改善”されつつあると馬鹿も甚だしい勘違いをしでかし恥曝し的に“コレが憂国w”と喧伝する似非憂国跋扈となってしまってるのだから困りモンである、右wは勘違い似非憂国、左wも勘違いお花畑‥コレで日本が真なる自主独立国家となる日が来るとは到底思えないと改めて思わされた糞日経記事ワロタw‥って辺りで今日の駄Blog終わりw。





オマケ:ど~せ嘘八百公開するなら‥
淫売卒業する前田敦子の
流出版無修正AVを流せw

‥あったく気が利かねぇよなぁ、国税搾取して垂れ流すのがオヤジの悲鳴ビデオ、しかも“公開”と言いつつ報道機関に二次使用させぬ為に録音録画却下とか、そもそも“編集済”とか、世間様ナメるのもいい加減にしろよ日本国民殺人並びに日本国亡国犯罪企業東京電力様よぉw、社員寮燃やされた程度ぢゃ“ドM趣味w”が満たされてねぇみてぇだなぁ‥この馬鹿に自分の立場を思い知らす方法は社員及びその家族全員年齢無関係で♂は福一で防護服抜き(経費節約w)線量計無(東電伝統芸w)で瓦礫運び始め土建作業、♀は不妊措置の上で国内外で肉便器労働をさせ利益を全額国庫へ戻す‥と言う特別措置法制定でもするぐれぇしか無ェんだろうなぁw。
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【五訓】 米帝の欺瞞に気付きブラ下がり似非国家から脱却し国家たる為に必要な事は? 【12の徳目】

2012年08月01日 23:38

『はい』と言う素直な“心”
『おかげさまで』と言う謙虚な“心”
『すみません』と言う反省の“心”
『させていただきます』と言う謙虚な“心”
『ありがとう』と言う感謝の“心”


‥以上はネットでみつけた刑務所五訓からの引用だが、この現代日本が失った‥と言うか日本自身が捨て去った日本の歴史がもたらした尊い訓令こそ現代日本が最も“取り戻さねばならぬ”事なのだと昨今思い知らされるのである。


いじめは暴力だ。

イジメについて、最近多く論議されていますね。
私も小学校三年生ぐらいから中学校三年生から多少イジメに遭いましたので・・・ いじめの定義について少し考えましたところで、担任の先生が学校でやった授業を思い出しました。

その時は、教室の全てのテーブルを窓、壁際に移動して、テープで真ん中に大きな線を貼りました。
教室の左右はそれぞれの領域は暴力をあらわしています。テープの左側の領域は身体的暴力、テープの右側の領域は精神的暴力です。(ドイツ語にはイジメという言葉があっても、多くは暴力を使っています。)

先生は題を一つずつ出して、生徒はその題は精神的暴力、身体的暴力、あるいは暴力ではないと判断します。
つまり、テープの左側に立っている生徒は「身体的暴力だよ」と宣言して、
テープの右側煮立っている生徒は「精神的暴力だよ」と宣言して、
そしてテープの上に立っている生徒は「これは暴力ではないよ。」と宣言しています。

そのときに先生は読み上げられた例は全く覚えていませんが、同じものは教材としてネットにもありましたので、紹介します。

※ 近づく車に近づかない息子を道路から引き上げるうちに、娘に打撲を与える父親
※ 高速道路で215km/hも走る運転手
※ 息子を「馬鹿」と呼んでいる母親
※ 恋人にキスマークを与える女性
※ ほとんど家にいない父親 (朝早く出て、夜遅く帰る)
※ プロのボクサー
※ ヒトラーの暗殺をしようとしたシュタウフェンベルク
※ 有害ゴミを発展途上国に送る会社の社長
※ 孔子をソーセージにする精肉マイスター
※ 外国人についての排他的発言をしている政治家
※ 自転車のライトがついていなかった、高校生から15ユーロもの罰金を取るおまわりさん
※ 妻が友達に会うことを禁止する男性

と、大人の私が読んでもかなり考えさせられます。
暴力は暴力だけど、許す・・・ぜったい許さない・・・ 暴力になりうる・・・ 自分の中の基準は何でしょう。少し合わせては日本の学校でも出来ますね。

その次の段階では、子供の身近な出来事でいくつかの話を書いてもらっています。(それはクラスでやったかどうか覚えていません・・・)

例えば、こんな話(これも訳した事と、名前を日本の名前に合わせました。)

「翔太は元彼女の桜が新しい彼の陸とチューしていることをみて、陸を殴る」
「夏休みを田舎で過ごした七海さんが日焼けて帰ってくると、クラスの男子が「チョコのようなおいしそうな色!ちょっと食べさせて!」
「未来ちゃんはクラスに「ハルカのアバズレ!」と書いてある紙を回す

と、同じように、「身体的暴力」なのか、「精神的暴力」なのか、それとも暴力ではないのかとクラスで決めてもらいます。

本当に面白い授業で、是非、日本の学校でもやって欲しいですね・・・
(是非どこかやっているところはあるでしょうね!)



こんな下らん“授業”で昨今社会問題化の謂れ激しい“いじめ”と言う名の犯罪事件防止が役に立つと言う駄論を読む羽目になるとは思わなかったのである、ネットメディアの登場は既存メディアの“安定且つ管理された情報社会”から“不安定だが開かれた情報社会”の魁となったのは事実だし、既存社会の“常識と言う名の欺瞞”を暴き出し易くなったと言う観点から見れば良き事と言うのは論を待つ必要すら無いだろうが、益在れば害また在りの諺通りと思ったのがこの種の“論”である。

まぁコレについてはツッコミ所万歳だが面倒なので二つだけ指摘しておく、一つは日本と言う歴史ある国家社会の問題について何故独逸国の教育内容を持ち出すのか?と言う事を挙げておきたい、尤もソレが益ある内容なら“参考程度”として考察対象とするのは良いだろう、しかしどう見てもコレが本件について益ある内容とは思えない、何故か?

ソレが二つ目の指摘部分だが、この論者は“教育”の本質を全く判っていないか恣意的ミスリードをもたらしてるかヲレの知る所では無いし知りたくも無いのでその辺は割愛するが、断言出来る事として教育とは“話し合いで得る知識”では無く、その国の文化社会を紡ぎだした“歴史”に基づく“知識の洗脳”と言う本質に向き合わぬ結果の成れの果てと言う事では無いか?

教育とは“教えて育てる”と書くのである、判り易く分解すれば“上(現世代)から下(次世代)への伝達”に過ぎない、ソコに“対等な関係”は存在しないし、してはならない、一方的に“伝える”だけで良い筈だし、最大限譲って“教育の一環”としてのディスカッションとしてこの種の手法の取りいれは行っても良いだろう、しかし最低前提として“あるべき回答(結果)”を“教育者”が用意し、ディスカッションの結果が如何なる事たろうが“用意した結果”に基づく“教育”で締めくくるべきである、知識も経験も無き者のもたらす“結果”に何ら実すら無しの観点を常に持ち、“あくまでディスカッション経験”の実習程度とすべき事が、何故かGHQの下らん洗脳政策の成れの果てに実行させると“ディスカッションの結果”が“教育要綱並みの権限すらもたらしかねぬ危険”となる事の指摘がこの論には全く無い、何故か?

“洗脳”するにはそれなりの覚悟と責任認識程度は持って頂かねば“洗脳”される奴はたまったモンでは無いのである、下らん自分勝手なエゴ洗脳と言う名の“教育”で泣きっ面となった連中のリストで歴史の書は常に“フォルダ火ィ噴いちゃっテラワロスw状態”であるが、そんな事は百も承知の助な奴だったらこんな連中の下で“洗脳”なんかされるのは少なくとも自分の子供だったら勘弁越境裏口入学何をしてでも回避するだろう。


イジメ被害者には、二択しかないという無責任

静岡市長が定例の記者会見で、いわゆる『イジメ』についてメッセージを発した。

「イジメが止まらないなら学校に行かなくていい」
「悩みを伝えられなかったり、心が折れそうになったりした時は学校に行かなくていい」
「自分の身を守るのは、最低限、自分の責任だ」

何を言ってんだ!?この市長さんは。
評論家ならともかく、あなたは当事者なんですよ!?
静岡市内の小中学校は、『静岡市立』ですよ!?
静岡市の教育委員は、あなたが選任して議会にかけてるんですよ!?
隠ぺいの温床になっている『教育委員会事務局』の『学校籍』ではない職員の人事もあなたが責任者ですよ!?

確かに、学校と言う場所で悪質な『イジメ』(=犯罪)の被害にあっているにも関わらず、誰にも守ってもらえず、死ぬことさえ考えているなら、そんな学校には行く必要はない。

しかし、そのような状況を断固として是正するのが、学校および、その設置者たる教育委員会の責務なのだ。
そもそも、悪質なイジメが止まらないとしたら、その責任を負うのは教師、加害者である。
教室から出ていくべきは、一義的には被害者ではなく、それを放置する教師であり、加害者の方だろう。

『不登校』になる、ということが被害者の将来にどれだけ大きな影響を与えるかを、早稲田大学を出て、松下政経塾で学び、市議、県議を歴任された市長にはおわかりにならないようだ。

「自分の身を守るのは、最低限、自分の責任だ」

いい加減にしろ!と言いたい。

学校で、イジメと言う名の犯罪被害から子供を守るのは教師の、学校の教育行政の責任だろう。イジメと言う名の犯罪であることを体を張って教えるのも同様だ。

不当な被害の中で、苦しんでいる子供達は、自分達の市のリーダーのこのような発言をどのように受け止めるだろう…それを考えると胸が苦しくなる。

そもそも、「学校に行かなくていい」って…今、夏休みですよ!?
無責任なパフォーマンス発言としか思えない。

当事者が、当事者意識を持って向き合っていない。
誰も責任ある毅然とした対応を取ろうとしない。
みんなで責任を曖昧にし、そのつけは、被害者のみが一身に負う。
大津に見られる構造と類似する言動であると断じざるを得ない。

最新のデータから、もう一度、確認したい。

平成22年度のイジメを理由にした不登校は、2716人。
これは大津事件でも明らかなように、『イジメ』を徹底的に隠ぺいしようする、認めようとしない教育現場から上がった数字であり、氷山の一角であることは言うまでもない。

一方で、イジメを理由にした学校教育法に定める『出席停止』はわずか6件。
この数字を比較すれば、不正常な教育現場の姿は明らかだろう。

集団から悪質なイジメを受けても、不登校になるか、転校するか、しか選べない。
そんな教室で、学校で、一体、何を教えられるというのか!

「イジメが止まらないなら、加害者には出席停止を含めた毅然たる対応を取るべき」

「悩みを伝えられなかったり、心が折れそうになったりした時は、一人で抱え込まず、必ず先生や親に相談して欲しい。そしてその原因となっている行為に犯罪性があるなら、学校側は速やかに教育委員会に報告する責任があり、教育委員会は責任を持って対応する義務がある。隠ぺいしようとしたならば、市長として教育委員会に断固、是正を求める決意だ」

「子供達を守り、育てるのは、静岡市の全ての大人たちの責任であり、学校教育の使命だ」

そういうのが本来の責任ではないのか。
発言の修正、撤回を強く求める。


コレは昨今世間様の評判宜しい滋賀県大津市のアレでは無い別件wだが、ここでも‥

『はい』と自らに対する叱責を受け止める素直な“心”が感じられぬのは
『おかげさまで』と言う日頃支持する市民に対する謙虚な“心”が存在せぬからであり
『すみません』と言う反省の“心”など当然発露しないので
『させていただきます』と言う改善に対する決意一つ言わぬ謙虚な“心”無き為政者に
『ありがとう』と言う職責を与える市民に対する感謝の“心”などありえない、あるのは‥


無責任無能誤魔化しその場凌ぎの綺麗事を述べ
市民に“燃料投下”する愚のみ


‥と言う事が日頃手前の宴会や合コンでナンパする事しか考えぬ君達糞馬鹿ヤプー愚民にすら、よ~っくお判りになるお話に繋がるwのだがコイツ言う事スゲェと思ったのは“いじめ”と言う犯罪行為が自分の職責下で行われ自殺者まで出たと言う状況下で言った事が、『嫌なら学校へ来るな』と“いじめ”と言う犯罪者に対する『止めて下さい』たぁ日本の道徳心も此処まで堕したかとヲレ大関心である、この市長は“わが子を預ける市民”に対し『自分は無能無責任です』と言い、更に犯罪者相手に『口先だけ言うが何もしない』と言っちゃったのである、こんなのが為政者として罷り通るのが似非国家似非民主主義たる日本の現実だ、救いが無い。

ヲレがこの立場だったら自決するか徹底的に対処するかの“二択”しかありえない、自決については説明の必要が無いので割愛して徹底的対処の方だが、こんなの簡単な話で『今後斯様な“事件”を招かぬ為に現場に対し法遵守に基づく厳然たる対処を普段から不断の覚悟で求め実行させる』と宣言し実行するだけの話だ、GHQの洗脳政策に基づく誤った人権主義と言う悪性癌細胞に侵され末期状態の日本でコレは困難極める話だろうが、安易な自決より自己責任を認識するならこの“困難”に向き合う結論をヲレは出す、そしてその中でヲレだったら日本国憲法と言うGHQの洗脳文書の中でも特段改定の必要の無きこの文面を前面に出す為政を行うだろう。

日本国憲法第二十六条『教育を受ける権利及び受けさせる義務』

日本国憲法第二十七条『勤労の権利と義務』

日本国憲法第三十条『納税の義務』

所謂『日本国民三大権利と義務』の徹底した教育と言う事だが子供の教育に何故必要なのか?と言う疑問があると思う、しかし考えて欲しい、“教育”とは子供と言う社会生活が“そのままの状態では不可能な立場の者”に対し行う事であり、その本質は先に書いた“洗脳”である、つまり社会生活最低限のこれ等の義務の“教育”は早ければ早い程良いに決まっているからだ、社会生活を無事過ごす“権利”を享受するにはこれらの“義務”に加え“協調性”も無ければ行き着く所は刑務所や果ては壱拾参階段の先にある獄門台と言う事を年代毎に適した表現で“教育”するのだ。

ヲレが小学生の頃は確か高学年になってから週一時間程度の“ビデオ垂れ流し道徳”しか行われてなかったが、昨今の現状を鑑みればもはや一日一時間ヤッても追いつかないかも知れん、いっその事小学生教育に自衛隊教導団から人材派遣をして貰って社会奉仕活動させるとか中学以降の教育はズバリ自衛隊教育入隊でもさせるしか無ェ、勿論“洗脳”と言う教育の本質を思う存分発揮して頂く為に旧帝国軍ばりの“鉄拳教育”は不可欠wとすら思うがその辺の極論はさておき、“日本の道徳教育の復活”を今すぐにやらねば“日本の五徳”の崩壊を招くし、ソレは日本と言う“国家”の崩壊でもあると言う危機感を多くの国民が持たぬのは、これ等の徹底に欠かせぬがGHQの洗脳政策で“タブー”とされるこのパンドラの箱の封印を解かねばならんと言う面倒極まり無いフラグ立てをせねばならんからだ。

12の徳目
1.親に孝養をつくそう(孝行)
2.兄弟・姉妹は仲良くしよう(友愛)
3.夫婦はいつも仲むつまじくしよう(夫婦の和)
4.友だちはお互いに信じあって付き合おう(朋友の信)
5.自分の言動をつつしもう(謙遜)
6.広く全ての人に愛の手をさしのべよう(博愛)
7.勉学に励み職業を身につけよう(修業習学)
8.知識を養い才能を伸ばそう(知能啓発)
9.人格の向上につとめよう(徳器成就)
10.広く世の人々や社会のためになる仕事に励もう(公益世務)
11.法律や規則を守り社会の秩序に従おう(遵法)
12.国難に際しては国のため力を尽くそう、それが国運を永らえる途(義勇)


冒頭に示した“刑務所五訓”の大元がこの12の徳目とヲレは勝手に思ってるし、現代日本の置かれる困窮の代表作たる福一原発“事件”や今日採り上げる“いじめ”と言う誤魔化しで共に何となく有耶無耶に済まされている事に代表される“日本の無責任”がもたらす全ての国家不作為の根源としてこの精神の喪失があると思うのだが、異論があるなら自前で駄Blogでもデッチ上げて示して頂きたい物である。

米帝のもたらす横文字の『モラル』はOKだが兵隊さん賛辞を天皇が謳ったと言う日本語の『教育勅語』は如何なる屁理屈詭弁嘘八百を用いても『頑固に反対』と言うのが、グローバル・スタンダードからかけ離れたガラパゴス化した進歩的文化人の常套句だが、その根底にドロドロ流れる腐臭漂う国賊気質の正体とはGHQがその復活を何より恐れる修身とセットでパンドラの箱に封印される教育勅語と言う日本文化の復興必須なこれら文書の復活を恐れる勢力によって教育現場で行われ続けてるに過ぎない事に気づいてる者が如何程いるのかヲレは不安なのである。

表面的情報としての刑事事件でしかない事象の数々を“いじめ”と誤魔化す根底にある本質が此処にある事と、何より日本国民自身が自分の国一つ自分でも守ろうとせぬで米帝オンリーのブラ下がり似非国家と堕した根源であるお花畑の住民である為の無責任からの脱却をしようとしないから蛆虫北朝鮮による文民拉致“事件”に代表される国家的不作為による被害者は今後も日本沈没の日まで永久に出続けるのである、上記に晒した“ディスカッションと言う名の責任放棄似非教育”や“『不登校の之ススメ』と言い出す似非為政”を惜しみなく世間に燃料投下する連中がのうのうとしていられるのは“ガラパゴス化した日本独自の誤った似非文化”が厳然と実在するからに他ならない。

そこで今一度この“12の徳目”を読み返して欲しい、コレを如何にすれば国家社会主義を翼賛する危険思想となるのかヲレには到底理解不能である、この日本普遍の“常識”について天皇による勅語がマズイのであれば日本国議会で制定し施行すれば良いだけの話である、『兵隊さん云々』に至っては“単なる運用問題”であるので現在社会に即した運用をすれば何ら問題等無い、無責任怠惰第一とこんな“簡単な事”一つまともに向き合わぬ日本と言う社会体をヲレは似非国家と堕するのである、コレは為政者や教育者“だけ”の問題では無い。



要するに何が言いてぇってなぁ、もういい加減GHQの欺瞞たる“誤った何とか主義”から脱却しねぇか糞馬鹿ヤプー愚民諸君w?って事なのよ、おめぇらが大層ありがたがってる米帝様の現実を最後に晒しておくから、日々宴会合コンでナンパしか考えねぇ足らんドタマでたまには真剣に手前の生まれ育った国家の事ぐれぇ考えてみろよw。


「黒人お断り」南部に残る人種差別

 ミシシッピー州の町クリスタル・スプリングで、あるカップルは結婚式を予定していた教会から「式は行なえない」と告げられた。その理由は「二人は黒人だから」。約50年前、南部で黒人差別州法は撤廃されたが、差別感情はまだくすぶり続けている。
 
 非営利公民権団体の「南部貧民救済法施行機関」などによると、ファースト・バプテスト教会から拒否されたのはチャールズ・ウィルスンさんと妻のティアンドレアさん。7月21日の結婚式の招待状は発送済み、当日の式次第の印刷物もできあがっていた。それを式2日前に、突如スタン・ウェザーフォード牧師から式場を変えろと言われて、二人は驚いたという。

 一部の信徒が黒人カップルが教会を使うことに難色を示し、「もし二人を結婚させれば、投票で牧師をこの教会から追い出すようにする」とウェザーフォード牧師に脅しをかけたという。同教会信徒のほとんどは白人。1883年に設立されて以来黒人の結婚式は行なわれたことがない。同牧師は驚いたものの、一部有力信徒の脅しに屈服。同町の他の教会で二人の結婚式をとりおこなった。「教会内で論争を巻き起こしたくなかった。二人には論争に関係なく、最良の結婚式を挙げてほしかった」というのが牧師の弁。
 
 ウィルソンさん夫婦は、「牧師が困難な立場にいたことは理解するが、彼は自分たちのために立ち上がらなかった」と指摘する。「他の信徒も知っていても、立ち上がってはくれなかった。彼らは自分たちをキリスト教徒と信じているようだが、そうではない」と怒りがおさまらない。

 クリスタル・スプリングは人口5000人の町。サリー・ガーランド町長は、「ほんの一握りの人」が町を代表しているように捉えられるのは心外と、教会側に憤りを表す。これに対し、教会側は今「どんな人種も歓迎」と姿勢を変えている。

 ガーランド町長の言うように、これらは「ほんの一握りの人」だろうか。一般に人々は表面的には人種に寛容だ。だが、1876年から1964年にかけて、南部ではジム・クロウと呼ばれる人種隔離州法が存在した。有色人種に対し公共施設などの利用を白人と分離・制限していた。オバマ氏を大統領に選んだとはいえ、米国では、特に南部では、一部住民の間で差別感情はまだ根強く残っている。

 さらに、狂信的に白人至上主義を掲げる人々もいる。7月初めアラバマ州ウィンフィールドで、「神の選べし教会」は毎年恒例の牧師会議へ参加者を募るチラシを町中に張りだした。そのチラシの「すべての白人キリスト教徒は招待されます」という一文が人種差別と問題となった。主催者側は、「我々はヘイトグループではないが、白人は神が選んだ人種だと信じている」と主張している。

 この「神の選べし教会」は「ヘイトグループではないが」と言うが、白人至上主義を掲げる集団は概ね「ヘイトグループ」と呼ばれる。白人至上主義運動がなくなるには、半世紀はまだまだ短いのかもしれない。



元々手前の土地で喰うに困った底辺が“新天地”求め呼ばれもしねぇのに勝手に出向き原住民大虐殺の末にデッチ上げた人工国家にして“御主人様”になったってんで“御主人様の特権たる奴隷買う権利”の成れの果てがコレよ、こんな糞みてぇな人工国家だから『HAHAHAイエローモンキージャップなんかに人権なんテラワロスw』とばかりに当時の国際法やら条約やら全部スッ飛ばして焼夷弾から核爆弾まで雨あられの如くバラ撒き文民大虐殺をした挙句に核についてはその後の影響調査と言う名の人体実験調査までしでかしたのが米帝が日本に対して行った歴史的事実である、昨今もTOMODACHI大作戦とかでGE社の不良原発のもたらした調査に乗り出したダロ?底辺兵隊の被曝なんてお構い無しにw‥しかもその費用『ジャップ持ちクッソワロタw』と栗ババァが言ったらアッサリ払ったって冗談ダヨなぁスッカラ菅に泥鰌豚野田ぁw。



日本困窮の全てにKAMIKAZEと言う名のトラウマが米帝内部に厳然と存在すると言う事実に日本の糞馬鹿オンリーさんが勘違いして張り切ってるだけなんだよ、もっと判り易く書いてやろうか糞馬鹿ヤプー愚民諸君w、手前が散々非道外道を極めた自覚ぐれぇは持ってるから日本文化復活でついでにKAMIKAZE復活で復讐されちゃうのが何より怖いwって事よ。

人が他者と対するにレベル違いの認識がある場合、大まかに二通りの行動に至る、一つは自分より相手のレベルが高ければ自分を向上させると言う日本型の常識に基づく行動、もう一つは自分より相手のレベルが高いなんてありえないと認めずレベルそのものを手前のレベルに合わせさせる、よくある“レギュレーション改悪”してでも自分のエゴを貫き通す欧米型の常識に基づく行動、今日取り挙げた事がこの何れかなのか?君達糞馬鹿ヤプー愚民脳は如何なる結論をもたらすのかヲレは知りたい‥なんて屁とすら思って無ェwって辺りで今日の駄Blog終わりw。



参考リンク
刑務所五訓
似非国家日本の実情のオマケ付と言う珠玉のページだがサイト全体を良く読むと大爆笑w‥
教育勅語を教材にしたページ
明治神宮発“読み”“書き”共にPDFの教材付で『ただちに使える』日教組教師が泣いて喜ぶページw





オマケ:教育現場+国賊と言うキーワードで思いつくのが国旗国歌却下教育だがコレは‥
事の根底が桁違いw
‥勝手に騒ぐ“お花畑な歴史的悶着”なんかとは全く違う“リアルな歴史的悶着”が此処にある、自分の生まれ育った地と異なる国家の、しかも歴史的悶着ネタ本で歴史図書館の本棚は常に“フォルダ火ィ吹き捲り状態”の国歌でも連合王国国歌たる“ゴッド・セイブ・ザ・クイーン”に対するブーイングは謹んで欲しいと声明する、これぞまさに国家代表の鏡と言える模範的対処だ、一方何処かの似非国家の教育者の一部は自国国歌を職務放棄をしてでも否定するが、職場でシノギをする“権利”だけは振り回す‥国家と似非国家の違いが良く判る記事であるw。
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